
中学受験には子どもを成長させる「光」もあれば、子どもを壊してしまう「闇」もある。昨今は「教育虐待」という言葉を耳にすることも多くなったが、子どもを追い詰めてしまう親たちは特殊な“モンスター”ではない。ごく普通の、少し教育熱心な親が受験にのめり込み、豹変してしまうのだ。実際に「教育虐待」をしてしまった親は、どういう心理状態になっていたのか。当事者に取材した。
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2024年8月――衝撃的なタイトルのコミックが発売され話題となった。ノンフィクション作家の石井光太氏の著書を原作とした『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』(新潮社)だ。家庭という“密室”で教育に名を借りた虐待が行われている様子が生々しく描かれ、これが“ノンフィクション”であることに驚かされる。石井氏は教育虐待について取材した背景をこう話す。

「さまざまな事件取材をする中で、ずっと気になっていたテーマでした。身体的虐待やネグレクトなどと違い、教育虐待は可視化されづらい。それゆえ、学校や塾も口をはさめません。子ども本人が虐待されていると自覚しにくいこともあり、改めて根深い問題だと感じました。受験勉強をやめたらドロップアウトしたと思われるので、親も子どもも途中でやめられない。受験が悪いのではなく、逃げ場のない状況を作り出していることが問題なのです」
著書の出版後、最も反響があったのは、かつて教育虐待を受けた経験を持つ当事者からだったという。
「今までは受験で親の期待に応えられなかった自分が悪いと責めていたけど、『本を読んで教育虐待を受けた方たちと重なった』という反応が多かったですね。大人になっても心のバランスを崩していたけど、教育虐待を受けたつらい出来事が原因だったとわかり『気持ちが楽になりました』という人の話も聞きました」
では、教育虐待をしてしまう“当事者”の精神状態とは一体どういうものなのか。
今年2月に長女(12)が中学受験した都内在住の男性(48)は、「勉強をしなかったことを理由に娘の頭を叩いたことを今でも後悔しています」と振り返る。
男性は妻と長女の3人家族。長女はバスケットボールが好きで小学2年から地域のクラブチームに所属していた。最初は受験など考えていなかったが、通学していた都心の小学校は中学受験をする子が7割以上という環境だったことから、次第に親もその“沼”にのまれていく。妻は短大出身で就職にも苦労したことを気にしていたようで、「娘に同じ苦労はさせたくない。中学で大学までエスカレーター式の学校に行けば幸せになれる」とよく話していた。長女が小学5年生になる頃には、「地元の公立中は学力が低いと他のお母さんたちが言っていた」と言い始め、娘は大手進学塾に通うことになった。