
イラン代表の柔道選手レイラ(アリエンヌ・マンディ)は監督のマルヤム(ザーラ・アミール)と世界選手権で金メダル獲得を目指している。だがイスラエル選手との試合を前にイラン政府から「棄権しろ」と要求が──。実話をベースにした手に汗握るサスペンス×柔道アクションのドラマ「TATAMI」。ガイ・ナッティヴ監督に本作の見どころを聞いた。
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本作は2019年8月、東京の日本武道館で起こった出来事をベースにしています。イラン出身の男子柔道選手サイード・モラエイがイスラエル選手との試合を棄権するようにイラン政府に圧力をかけられたのです。彼は大会後、ドイツに亡命しました。私はこの出来事から人間が国や政府からの力をいかに超えられるかを書きたいと思いました。同時期にイランで女性たちの革命が起こり始めていた。ザーラ・アミールと出会い、彼女の主演作「聖地には蜘蛛が巣を張る」を観て「一緒に作品を作りたい」とオファーしました。
イスラエル出身の私とイラン出身のザーラは敵対する関係にみられるでしょう。実際、ザーラは言っていました。「子どものころ私たちは登校時に床にあるアメリカの国旗を踏んでツバを吐き『イスラエルとアメリカに死を』と言ってから学校に入るのが慣習だったの」と。でもいま僕らは音楽も好きな映画も馬が合うきょうだいのような関係になった。政治や体制が「お互いを殺しなさい」と教育しても、我々は個人として絆を持てたのです。映画はアートとしてひとつの武器になり得る、相互理解の架け橋になると信じています。

僕自身、祖父母がホロコーストサバイバーです。祖父は「ドイツ車など絶対に買わん!」という人でしたが、僕は第3世代として普通にドイツ人と付き合っていた。昔、ドイツ人の彼女ができたとき祖父に「どう思う?」と聞いたら、彼はこう言いました。「自分は生涯、ただ怒りに駆られて生きたくはない。君たちは新しい世代で過去に何があったかを理解している。大いにやりなさい」と。私たちにできることは一人一人が相手と人間的な関係を結んでいくことです。その関係性を政府がコントロールすることなどできないのですから。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2025年3月17日号

