
©2025「ゆきてかへらぬ」製作委員会 配給:キノフィルムズ
舞台は大杉栄と伊藤野枝らフリーラブの大正期から昭和の始めである。
京都から上京した二人の間に、中也の友人・文芸評論家の小林秀雄(岡田将生)がわけ入り、あろうことか泰子を奪う。好きになったから女を奪うのだ。そこに打算は微塵もない。
そこから奇妙な三角関係がはじまる。詩、評論、演劇と、それぞれの分野で自我を突き通す彼らのひねくれた感情のぶつかり合い。それを根岸吉太郎のメガホンがじっと追う。彼らの自我はプラスの磁石の反発にも似て混じり合うことは決してなく、ただ時が過ぎてゆく。
ある日、小林と住む泰子に置き時計が贈られた。中也からだった。それはいつも一緒に眺めていた時計だった。時計の鐘がボーンと鳴り、泰子は精神のバランスを崩す。中也と聴いていた音だった。
小林と中也は依然として親友同士だが、泰子は違う。バランスをとることができない。「私はついていけないよ。あんたたち、ずるいわよ」。そう叫んでいる気がした。泰子は二人の間を往来しながら神経を病み、やがて破局の予感が漂う。
しかし、この作品はじめじめと湿ってはいない。
3人の姿は愛にまみれ、確かに孤独で傷だらけだが、どこか爽やかにさえ感じた。なぜならそこには毎日を生き尽くす若さというものがあり、「ゆきてかへらぬ」というタイトル同様、後戻りのない、いっときの純粋さが鮮やかに描かれていたから。
(文・延江 浩)

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