中国人をターゲットにしていたため、日本では話題にならなかったが、台湾では地下鉄の駅など、多くの場所に闇バイトを防ぐ看板やポスターが貼られていた。

「闇バイトに応じるとミャンマーに連れていかれる」という台湾(台北市)の地下鉄駅に置かれた警告看板(2022年4月/撮影・林綾子)
「闇バイトに応じるとミャンマーに連れていかれる」という台湾(台北市)の地下鉄駅に置かれた警告看板(2022年4月/撮影・林綾子)

 この状況を変えたのは、ミャンマーの少数民族軍が国軍に反旗を翻した「1027作戦」だった。

 シャン州では、中国政府がミャンマー国軍に、詐欺集団の摘発を何回も要望していた。しかし莫大な賄賂を受け取っている国軍は腰をあげない。その状況を見て、シャン州の少数民族軍のひとつ、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)が2023年10月27日、国軍基地とその資金源である犯罪拠点を攻撃。その拠点で働かされていた各国が救出部隊を送り、ベトナム人やマレーシア人、中国人ら計500人以上が救出された。

再び寝返った国境警備隊

「1027作戦」は、国境警備隊が管理するタイとミャンマーの国境地帯にも飛び火する。国境警備隊は国軍傘下の部隊だが、元はこの一帯に暮らす少数民族であるカレン族の武装組織である。2024年4月、ソーチットゥー大佐が率いる国境警備隊は国軍から寝返り、少数民族軍や民主派の武装組織と共同で国軍を攻撃した。国軍はこのエリアの最大の都市、ミャワディから撤退。ミャワディは国軍から解放され、民主派や少数民族が管理する街になった。

 ところがそれから2日後、ミャワディには国軍の旗が立っていた。ソーチットゥー大佐が率いる国境警備隊は再び寝返り、国軍側に着いたのだ。国軍との間にどんな密約が成立したのかは明かされていない。

国境から眺めるミャワディ(2022年6月/撮影・下川裕治)
国境から眺めるミャワディ(2022年6月/撮影・下川裕治)

 その後、北部シャン州のラオカイを追われた5000人以上ともいわれる詐欺集団が合流。このエリアは肥大していく。かつては中国を中心にしたアジアの人々を狙った詐欺は、世界規模に広がっていった。

大佐がこの拠点を手放すはずがない

 ミャンマー人は、ソーチットゥー大佐をマフィアの親玉のように見ている。ミャンマー人のある軍事系アナリストはこう分析する。

「外国人を保護してタイに送るのは、タイや中国からの圧力をかわす陽動作戦。2回の寝返りは、詐欺集団拠点を守るためです。そんなソーチットゥー大佐がこの拠点を手放すはずがない。新たな拠点をつくって、そこに大多数を移そうとしている。その時間稼ぎでしょう」

 現地の反軍系メディアにもこんな記事が載った。──2月5日から9日にかけ、国境警備隊はパヤトンズーにあった詐欺集団拠点から170人を保護し、タイに送還した。同時にパヤトンズーの中国系企業や飲食店を10キロほど離れたエリアに移転させた。

 パヤトンズーはミャワディやシュエコッコーの南200キロほどのタイ国境の街だ。特殊詐欺集団は、ミャンマーに深く入り込んでいる。

(下川裕治)

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