小原凡司『何が戦争を止めるのか』は、いきなりショッキングな言葉からはじまる。〈今、世界は戦争に向かいつつあります〉
 著者は防衛大卒、海上自衛隊パイロットや北京の日本大使館で防衛駐在官などを経験した元自衛官。本書はそうした経験も踏まえて語られたリアルな安全保障論である。
 世界はいま「理想」と「現実」の間で苦しんでいる。これが本書の基本的な認識だ。
 過激な政策を掲げるトランプ氏やサンダース氏が人気を集めるアメリカ。「強いロシア」を掲げるプーチン大統領が支持されているロシア。習近平主席が強権を発動し、権力の集中が進む中国。そして移民の流入問題を契機にイスラム教徒排斥などの過激な政策を掲げる政治家への支持が広がっているヨーロッパ。みんなそう。
 もうひとつ、直視すべき現実はアメリカ(既存の大国)と中国(台頭する大国)の間で緊張関係が高まっていること。〈米中が軍事衝突すれば、他国を巻き込んだ大規模な戦争に発展する可能性があります〉。どうやったらそれを避けることができるのか。戦争反対と叫べばすむのか。
 オールドリベラリストの中にはこうした議論自体を拒否する向きもあるだろうけど、むしろリベラリストを意識して書かれた本。
 リベラリストは理想を求めて努力したが〈理想を掲げるだけでは戦争は止められなかった〉。なぜなら国家には自国の生存を求める欲求があるからで、ことに先に利権を得た覇権国と後からやってきた中進国の間には緊張感が生まれやすい。このへんの「戦争が起こるしくみ」は現在の米中だけでなく、かつての日米を思い出すだけでも納得することしきり。
 国家は協力し合えるはずだと考える「リベラリズム」も、国家はパワーと安全を求めるという前提で現実を分析する「リアリズム」も限界を迎えている。それに代わって著者が提唱するのは、世界的な経済格差の解消へ向けての努力を促す「柔らかいリアリズム」である。最初のショックは徐々に得心に変わるはずだ。

週刊朝日 2016年10月21日号