考えろ! 祝福される未来のために
たとえば。
ある日突然、街頭インタビューなどで、「今この国の未来について、どんな展望を抱いてますか?」と問われたとして。明確なビジョンを言葉にできる人は、どの程度の割合で存在するのだろう。
個人的には、自分の五年後、家族の十年後でさえ予定は未定でしかなく、計画どおりに進む未来が想像できない。ましてや国や世界の将来など、自分が考えたところでどうなるものでもないし、という思いが根強くある。
興味がないわけではない。夫婦別姓も教育費の無償化も格差の是正も大問題だ。多様性を認め合い個々が尊重される自由で明るい未来になればいいなと願ってはいる。でも、そのために特別な苦労をする余裕はない。「誰か」が、そんな未来を構築してくれることを願っているのだ。
しかし榎本憲男の新刊『アガラ』を読んで、当事者意識の薄さに焦りを感じた。この感覚はヤバい。他力本願の明るい未来なんてドリームすぎる。本書は、停止しかけた思考に強い刺激を与える、ある種の取り扱い注意本だ。
語り手となるケイ・ウラサワは、十代のころプロのバンドマンとしてギターを弾いていた経験がありながら、アメリカ合衆国国軍に入隊した変わり種。しかし二〇三七年、彼の入隊とほぼ同時期に、世界の国民国家は統一され「大同世界」が誕生した。
〈平和で自由で平等で、差別のない、誰もが幸せになれる世界を実現する〉と謳われた「大同世界」は、国境もなければ国もない。領土を奪い合うこともないので戦争もない平和な世界。生まれた場所や肌の色で人を貶めようとすれば、厳しく処罰され、差別も解消された。同性愛も自由。AIとの恋愛を公言する者さえ現れる。少し前からAIに仕事を奪われ職に就けない者も増えていたが、食うに困らない程度の暮らしができる保障があり、働かなくてもそこそこの暮らしができていた。
これぞまさしく、誰にとっても明るい未来だ。大同世界を平和と自由と平等の理念で回し続けるためにDAI(分散型自立機関)なるアルゴリズムが書かれ、人々の体にはあらゆる個人データを記録したバイオチップが埋め込まれた。面倒な手続きが省略され、健康や財産管理もできる。煩わしいことは考えずに生きていけるようになったのだ。