一方で、DAIは大同世界を維持するために、監視も強めていく。戦争に行く代わりに「大同世界」の秩序維持軍に所属することになったケイは、二〇五〇年、DAIから日本の和歌山県の山奥にある〈アガラ〉と呼ばれるコミュニティに潜入を命じられる。全世界で統一されたはずの共通秩序を乱す、宗教行為が行われているかを探るため、恋人役に任命されたエレナと共に調査活動に着手した。
この〈アガラ〉で、ロックフェスが予定されていて、ケイとエレナが音楽と宗教の関連性を潜入調査する過程がひとつ大きな読みどころだ。パンクロックやバンドは榎本作品においてしばしばキーポイントとして使われるが、今回も唸るものがある。随所でケイが説くパンクロックの歴史と蘊蓄。日本の古いパンクバンド曲として語られるブルーハーツの「リンダリンダ」。その歌詞の意味をエレナに問われたケイの答えがふるっている。〈「パンクは、愛がなんだ! って吐き捨てたけど、やっぱり愛しかないってところに戻るんだ。“決して負けない強い力”ってのは、愛なんだよ」〉。この後に続く大同世界によって、この世界からラブソングが消えていった、という考察が沁みる。巧い。
けれど何より胸に残るのは、「考える」ことの意味だ。
ケイとエレナの調査の結果、「故障」があると判断されれば〈アガラ〉とその住民たちにはDAIから「警告」「修理」「漂白」の指示が下される。生きている人間には、理性も感情もあるが、アルゴリズムのDAIに「情」はない。命令には、どんな偉人も巨大組織も従わなければならない。
果たして平和と自由と平等と便利さを享受する代わりに、思考や理念や欲望をコントロールされることは幸せなのか。自分が目にした物事よりも、与えられた情報を信じていいのか。読み進むうちに、考えろ、考えろと鳴り続けていた警告音がどんどん大きくなっていく。
〈アガラ〉での出来事は二〇五〇年、本書はそれを三十年後の世界からヒロが語る形式で綴られていく。遠い未来から近未来を振り返っていることになるが、実はここにもうひとつの仕掛けもあり、強く胸を突かれる。
これは未来の話ではないのだ。眼を逸らしてはいけない。考えろ、考えろ、考えろ。
祝福される明るい未来は、自分の手で掴むのだ。
一冊の本 2月号
『アガラ』 榎本憲男 著
朝日新聞出版より2月7日発売予定