サンクスイベントの後、途上国の職人たちと共に店舗を回る。「自分たちが作った製品がどんな店でどんなお客さんに届いているのか、ゴールを見せることが大事」(写真/東川哲也)

 ゼミでは開発学を学び、ワシントンの国際機関でのインターンも経験。その期間中、データでしか途上国の現状を見ようとしない仕事の仕方に違和感を抱いた。「自分の目で見てみよう」と、「アジア 最貧国」と検索してヒットしたバングラデシュに一人向かった。行ってみると、そこには貧しさと混沌(こんとん)の中でも、懸命に生きようとする人々の逞(たくま)しい姿があった。圧倒されると同時に、机上で学んできた「先進国のような発展を支援する途上国開発」ではない道があるのではないかという問題意識が湧き上がった。この国のためにできることを探そうと、日本の商社の事務所で働きながら、夜間は現地の大学院に通った。大学同期は有名企業に就職を決める中、アジアの雑踏の中で自分に何ができるのか問い続けていた日々で、たまたまマーケットで見つけた黄金の麻。内側から輝きを放つ「ジュート」と呼ばれる天然素材に一目ぼれした山口は、現地の工場に依頼して160個のバッグを作り、日本に持ち帰った。値付けも何も分からない状態から、なんとか売り切った。

 この時点で、デザインの知識はゼロ。外部のバッグデザイナーに委託する道も考えたが、「途上国に行ってほしい」と条件を伝えると辞退の返事が続いた。自分でやるしかないと覚悟を決めてからは、ただ一心不乱に手を動かし続けた。現地の工場の開発室に朝7時に入ると夜11時過ぎまで出ない。当時の様子について山崎は「誰も近づけないほど鬼気迫るものがあった」とふり返る。元外資系エコノミストであり、現在も経営塾を主宰する山崎は山口を「最強の経営者」と評する。

「私が一番夢中になれて、かつ社会とつながれるのは、縫ったり切ったりすること」。空いた時間には美術展や映画鑑賞をして感性を磨く(写真/東川哲也)

「ビジネスの本質は“作ること”。作らなければ何も始まらない。今の時代、ITやAIを駆使すればビジネスは簡単に始められるが、それは簡単に誰かに取って代わられることも意味する。山口は自ら生み出せるという点で最強だと思います」

「作る人・山口絵理子」の原点は家庭環境にあった。

(文中敬称略)(文・宮本恵理子)

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