誰も見たことのない生き物をこの世に生み出す。そんな快歩の世界が多くの人を魅了する(写真/岡田晃奈)
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 特殊メイクアーティスト、快歩が創る作品は、カラフルでポップで、ちょっと妖しい生き物たち。その世界観が今、世界でも注目されようとしている。意に沿わない仕事はしないと決めた。けれども自分の表現のためには、手間も暇もお金も惜しまない。CGやAIが台頭してきた現在、特殊メイクは岐路に立つ。でもバーチャルには出せない世界を、快歩は見せつける。

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 ハロウィン間近の東京郊外、朝7時30分。雑居ビルの3階にある貸しスペースで、快歩(かいほ・28)が特殊メイクの準備をしている。ペイズリー柄のシャツに黒のパンツのスタイルは普段と変わらず洒落ていて、作業用のエプロンなどは身につけないのが流儀だ。メイク用の塗料を混ぜ合わせては小さなボトルに器用に移し替える。その指先は魔法のように繊細で、思わず見とれてしまう。

「よろしくお願いします」のかけ声で、友人でもあるモデルで文筆家の伊藤亜和に特殊メイクを施し始める。エアブラシで顔に慎重に青色を吹き付け、あらかじめ型取りをしたシリコン製の薄いマスクを、骨格に合わせて装着していく。その工程はまさに人の肉体を使ったアート。誰も見たことのない「生き物」が生まれていく瞬間だった。

 快歩は特殊メイクの技術を武器に、オリジナルの世界を生み出すアーティストだ。ホラーやゾンビ映画など“グロテスク”な特殊メイクのイメージを覆し、カラフルかつポップで妖しい生き物たちを創造する。その才能は早くから注目され、21歳でKing Gnuのミュージックビデオ(MV)に参加。その後もきゃりーぱみゅぱみゅ、Official髭男dismなど著名ミュージシャンのMVやライブで腕を振るい、2024年8月には雑誌「Forbes JAPAN」の「30 UNDER 30(世界を変える30歳未満30人)」に選出された。11月には東京・原宿で3回目となる個展を成功させたばかりだ。

 冒頭のメイク開始から4時間後、ターコイズブルーの肌に赤茶色の巻き毛、フリルのシャツをまとったクラブ歌手のような風情の「アフワ」が完成した。一緒に外に出ると、街をゆく人たちが一瞬ギョッとして固まるのが、愉快でたまらない。通りかかったおじいさんは目を丸くして「ブラボー」と拍手をしてくれた。快歩は言う。

「自分の頭の中にある不思議な世界を形にするのが好きなんです。妄想していたものが絵になって立体になって、メイクをして動きだすと、ワクワクする。みんなが想像もつかない、見たこともないものを存在させることができた!って」

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常にハッピーではなく 自分のペースで生きている