胃がんの画像を大量にAIに学ばせ、胃がんを検出させる研究成果は世界を驚かせた(写真/工藤隆太郎)
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 AIメディカルサービス代表取締役CEOで医師の多田智裕は、参加した勉強会で、AIで胃がんを検出するというアイデアを思いつく。見逃しを防ぎ、早期発見の可能性を高めるのではないか。起業し、内視鏡画像診断支援AIの開発に走り出した。気の遠くなるような機械学習作業や、社員の確保、薬事承認など苦労の連続。それでも挑戦した原動力は何だったのか。

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 AIが胃がんを判定するという技術が初めてテレビで紹介されたのは、2018年のNHK「サイエンスZERO」だった。AIを搭載したシステムが、内視鏡カメラが映し出した胃の中の動画を解析。これは怪しい、という場所に反応し、マーキングをしてくれるのだ。早期の胃がんを見分けるのは、ベテラン医師でも難易度が高い。それをAIはゆうゆうとやってのけた。しかも、AIが画像1枚を解析するのに要する反応スピードは、わずか0.02秒。これには解析の様子を見ていた内視鏡医たちから一様に驚きの声が上がった。この内視鏡画像診断支援AIを開発したのが、医療スタートアップ企業、AIメディカルサービスだ。創業者の多田智裕(ただともひろ・53)は語る。

「消化管のがんは早期発見し、その段階で治療すれば、助かる病気になっています。しかし、発見が遅れると生存率が大きく下がってしまう。確定診断には内視鏡検査が有効ですが、起こりうるのが診断ミスや見逃しです。AIシステムは、言ってみれば内視鏡専門医がもう一人横にいて、検査をサポートしてくれるようなものです。早く確実に見つかれば、命が救える可能性が高まるんです」

この日は営業担当者と本社近くの池袋のクリニックを営業で回った。自ら製品説明もする。「まだ世の中に知られていない、まったく新しい製品。浸透するには時間がかかると思っています」(写真/工藤隆太郎)

 多田は06年、埼玉でクリニックを開業した。自治体が行う胃がん検診では、見逃しを防ぐための取り組みとして、検査画像を2人の医師がダブルチェックする体制が構築されていた。地域の医師会で当番が割り振られ、月に1、2度、診療を終えた夜に数千枚の画像をチェックする。これが医師には大きな負担になっていた。しかも、がんの早期発見は簡単ではない。ごく早期の胃がんは、はっきりとした形態をとらないことが多いからだ。なんとか負担を、さらには見逃しを減らせる手だてはないか。この問題意識が、AIで胃がんを検出させるというアイデアにたどり着く。

「消化管のがんの見逃しゼロを実現し、世界の内視鏡医療の未来をつくるのが、私たちの目標です」

 開業医がAIスタートアップ企業の経営者へ。大きなリスクに挑んだのは、なぜだったのか。

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