そう話すのは、NPO法人「虐待どっとネット」(大阪市)代表理事の中村舞斗(まいと)さん(34)。生活保護を受けられずに大学を中退した経験を持つ。
幼い頃、祖母や親族から虐待を受けてきた。それを乗り越えて働きながら学費を稼ぎ、22歳の時に看護大学に進学した。だが、授業で小児や母性の授業を受けると、幼少期の虐待のフラッシュバックから体調が悪くなりバイトができなくなった。収入が途絶え、生活費に窮し、救いを求めて役所の生活保護課に行くと、担当者から「大学は贅沢品です」「大学をやめるか休学してからまた来てください」と言われた。
絶望し、自殺を図ったが未遂に終わった。結局、学費を支払えなくなり、中退せざるを得なかったという。
昨年、10年経っても変わらない現状に憤り、生活保護の運用見直しを求めるオンライン署名を行った。2万6千筆以上が集まり、厚労省に提出した。
「自分の努力以外のところ、生まれた環境によって若者の将来が狭まるのはおかしい。大学生だから生活保護を受けられない現状は変えるべきです」
■「当事者の声を聞いて」
こうした現状について、虐待を受けた子どもや若者を支援する弁護士の飛田桂(ひだけい)さんは「これから羽ばたこうとする若者の、夢や希望を奪うことになります」と指摘する。生活保護が必要な若者の中には虐待を受けた人も少なくない。飛田さんによれば、虐待に耐え、大学などに進もうとする若者は学びたい気持ちが強く、社会のためにも頑張ろうと思っているという。進学を認めないのは若者の翼をもぎ取ることになる。
「心が折れ、希望を失い、心身を壊しやすくなります。自暴自棄になれば、薬物やアルコールに依存し、何らかの犯罪に加担することもあります。そうなると、医療費や法務省関連の費用に跳ね返り、社会にとってもマイナスです」(飛田さん)
生活費を賄うためカードローンで多額の借金をする若者もいるという。
飛田さんはこう語る。
「生活保護と大学生の問題は、私たち社会が抱える課題でもあります。課題を解決するには、なぜそうした事態が起きているか理解し、若者にとって本当に必要なセーフティーネットのあるべき姿は何なのかを考え、社会全体で取り組み解決することが必要です。そうすることで若者も社会もどちらも幸せになるウィンウィンの関係を築け、その先によりよい社会があります」
冒頭の儚さんは2年間の休学を経て大学に今月復学した。この間、先の中村さんらと生活保護の運用見直しを求める署名活動などをしてきた。儚さんは言う。
「当事者の声を聞く社会になってほしい。次の世代の子どもたちが生きやすい社会になってほしい」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2023年4月17日号