哲学者で博物学者、さらには登山家だった文人の、日常の些事から広がる想像を丹念に綴った随筆集。
 表題作は78歳のときに書かれた。山旅から帰って画帳を広げると、山の緑を眺めて味わった清々しさが一向に蘇らず、色が不自然だったり濁っていたりする。それは、生物にとって特別なはずの草木の緑に人間だけが気づいていないからではないか。玄関先で幼い子供から手渡された6本の、それぞれ色の違った緑の色鉛筆から想いを馳せる。
 静けさが沁みるなか、ユーモアが冴えるのは46歳のときに書かれた「黒い雀」だ。黒という色は、知的ささえ感じさせ、見ることで気持ちが安心したり忘れていた奥ゆかしさを想い出したりする色だと、その独特の魅力を描く。煙突から連日のように真っ黒けで落ちてきた雀の話が愉快。

週刊朝日 2016年7月22日号