本連載の書籍化第5弾!『鴻上尚史のおっとどっこいほがらか人生相談』(朝日新聞出版)

【鴻上さんの答え】

 ぽんぽこりんさん。ぽんぽこりんさんの相談は、ふたつに分かれていると感じます。

 ひとつは、「嫌なことがあったとき、どうしてますか?」ということですね。もうひとつは、「大人数ですごしているときに『ノー』と言える力を身につけたい」ということだと思います。

 僕もぽんぽこりんさんが書くように、嫌なことがあった時に、「愚痴を聞いてもらうのは避けたい」と思っています。だって、グチると、自分はすっきりしても、相手は嫌な気持ちが残るんじゃないかと思っているからです。

 実際に、人のグチを延々と聞かされると、なんだかどよ~んとした気持ちになるじゃないですか。

 まあ、お互いが、時々、グチを言い合う関係なら別かもしれません。

 それでも、相手の都合が悪かったり、体調が優れない時にグチを言うのは、避けたいことだと思っています。

 僕は、俳優に(若ければ特に)「人間以外でストレス発散できる方法を見つけた方がいいよ」と言います。

 お互いがグチを言い合って許せる関係は素敵です。Aという俳優とBという俳優がつきあっていて、Aが演出家に激しく怒られたり、オーディションに落ちたりしたら、Bにグチって、なぐさめてもらう。

 それはとてもいい関係でしょう。

 問題は、Aに問題が起こった時に、Bがとても大切な瞬間だった時です。

 昔、ある若い女優が初日に調子が悪そうに見えたことがありました。なんだか睡眠不足のような感じがしたのです。

 どうしたんだろうと心配しながら、芝居の幕は開き、公演はとりあえず終わりました。

 その女優さんはホッとしたのでしょう。体調が悪かった理由をぽつりと僕だけに話しました。

 つきあっている彼が、自分の現場で演出家に激しく怒られて役を降ろされてしまった。傷ついた彼は、慰めてもらおう、グチを聞いてもらおうと、昨夜、女優のアパートに来た。可哀相だから、朝方まで彼のグチを聞いてあげた。だから、睡眠不足になった。

 その話を聞いて、僕はこう言いました。

「もし、君がプロの俳優になりたいのなら、彼のグチをしばらく聞いた後、『明日、私は大切な初日だから、よく寝ないといけないの。申し訳ないけど、帰ってくれない?』と言えることが必要じゃないかな」

 残念ながら、初日の彼女の演技は、今までの演技の中で一番残念なものでした。表情と声、動きに強さと繊細さがないと感じました。疲れが出ていると思えたのです。

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