しかし、彼女は大衆のために歌ったわけではなかった。
世界平和のためでもない。環境破壊を訴えるわけでもない。自分にとって大切な「男」のためだけにコックニー訛りでマイクに向かった。
愛が深まればそれだけ彼女の身体は崩れはじめる。夫はドラッグ常習者だった。そしてワインハウスも彼に教えられてドラッグに手を染める。夫は逮捕され、寂しさに耐え切れず、浴びるように酒を飲む。酒を飲みながら、「私はあなたを愛している」とステージに立つ。客席にいるはずの夫は刑務所なのに。
セルビア・ベオグラードで行われたヨーロッパツアー初日では2万の聴衆が彼女を待っていた。しかしワインハウスは現れない。1時間以上客を待たせて登場した彼女は酒に酔い、歌詞を忘れ、マイクを落とし、結果ツアーは全てキャンセルになってしまう。スキャンダラスなディーバはパパラッチに日々追われるようになる。
しかし、僕はその姿に感動した。彼女の映画にはまぎれもない「捨て身」の愛、最期まで愛に生きた彼女の人生が描かれていたから。彼女に敬意を表したのか、レディー・ガガがワインハウスのうずたかいビーハイヴヘアと太めのアイラインを真似ている。
(文・延江 浩)
※AERAオンライン限定記事