『I STILL DO』ERIC CLAPTON
『I STILL DO』ERIC CLAPTON
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 2014年2月、20回目の日本公演を行なったエリック・クラプトンは、そのあと翌月にかけて、東南アジアと中東も回り、これはそのツアーに先がけて公式プログラムに寄せたメッセージという形で語られていたことだが、「本格的なツアーから引退」している。ただし、わずかな時間ながら話す機会があり、念のためそのことを確認すると、「たぶんね」と笑っていたものだ。

 たまたまその直後、彼の人生と半世紀に及ぶ創作活動の軌跡を関連作品も含めてたどるというコンセプトのコラムを本サイトで担当することになった。その時点でのクラプトンは、間もなく70歳。ちょうど大きな環が完結しようとしている時期にふさわしい内容になればと取り組み、そのようなものになっているなと勝手に思っていたのだが、なんと、15年11月に連載がいったん終了するとすぐ、日本武道館5夜限定の特別公演が発表されたのだった。

 前年の春、マディソン・スクエア・ガーデンとロイヤル・アルバート・ホールで行なわれた生誕70周年記念公演の流れを受けた、日本のファンだけのための企画。そう解釈することもできるだろう。ともかく、たしかに「本格的なツアー」ではないとはいえ、やはり「たぶんね」だったのである。

 しかも、2月末には、新しいオリジナル・アルバムがすでに完成していることが発表された。『アイ・スティル・ドゥ』。タイトルの由来は諸説あるようだが、そこからは、そして、巨匠ピーター・ブレイクの手になる肖像画風のジャケットからも、「尽きることのない想い」のようなものが伝わってきた。

 14年のツアーと翌年のニューヨーク/ロンドンでの記念公演は、スティーヴ・ガッドとネイザン・イーストを含む最強のメンバーと行なわれている。「最後はやはり」ということだったのだと思うが、じつは彼は、これとは別のユニットとも13年の秋から何度かステージに立っていた。常連のアンディ・フェアウェザー・ロウとクリス・ステイントン、79年の日本公演でドラムスを叩いたヘンリー・スピネッティ、94年から翌年にかけてのブルース・ツアーでベースを弾いたデイヴ・ブロンズ、04年からコーラスを任されてきたミッシェル・ジョンとシャロン・ホワイト、ポール・キャラックの7人だ。

 これは勝手な想像なのだが、彼らとのライヴでかなりいい感触を得たクラプトンは、そのままバンドとしてスタジオに入り、新しいアルバムを録音したいと思うようになったようだ。プロデューサーとして組んだのは、機械的に音をつくることを嫌うグリン・ジョンズ。あの『スローハンド』以来じつに39年ぶりのことだ。スタジオは、おそらくジョンズの提案で、ニーヴのコンソールなど文化遺産的な録音機器を備えたブリティッシュ・グローヴに決まる。基本は、16トラックのテープ録音。徹底している。

 このセッションには、アメリカン・ルーツ・ミュージック系のマルチ奏者(アコーディオン、フィドル、マンドリン、ギターなど)ダーク・パウエルも迎えられていた。ドブロ系の名手ジェリー・ダグラスとのライヴを観て、よほど強いインスピレーションを与えられたのか、すぐにプロジェクトへの参加を要請したらしい。

 ロバート・ジョンソンの《ストーンズ・イン・マイ・パスウェイ》などブルースの古典が3曲、J.J.ケイルとボブ・ディランの作品から計3曲、メンタル・ジュークボックス(幼少年期、記憶の奥深くに刻み込まれた、彼だけにとっての名曲たちの集合体)から2曲、トラディショナルが1曲…。近年の『クラプトン』や『オールド・ソック』に近いコンセプトでレコーディングがつづけられていくうち、ひさびさのオリジナル曲も生まれた。力強いギター・リフが印象的な《スパイラル》と洗練されたイメージの《キャッチ・ザ・ブルース》。前者の“You don’t know how much it means, to have the music in me”という歌詞は、アルバム・タイトルに込めた想いとも直接的につながるものだ。

 パウエルのアコーディオンを生かしたアレンジで取り組んだディランの《アイ・ドリームト、アイ・ソウ・セイント・オーガスティン》、アンジェロ・ミステリオーゾ=謎の天使と優しく歌い上げるメアリー・ブラックの《アイ・ウィル・ビー・ゼア》も素晴らしい。なお、クリーム時代の逸話もあり、後者の相方に関してはいろいろな憶測が飛び交っているようだが、本人は正体を明かす気はないそうだ。

 さて、そのようにして、予想していたものよりかなり充実した仕上がりの作品を手にしたクラプトンは、やはりこの手応えをステージ上でも味わいたいと考えたのではないだろうか。4月の武道館特別公演はその結果だと、これもまた、勝手に思っている。もちろん、これで打ち止めということにもなるまい。