政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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石破茂首相は、就任早々に解散総選挙を表明しました。石破氏にとって望ましいのは、裏金問題や「旧統一教会」問題を抱えた議員と重なる高市早苗氏支持の議員がある程度の数で脱落し、しかし自民党の議員総数が致命的な減り方ではない形で選挙が終わることだと思います。直近の選挙結果は、依然として自民党が安倍政治の「亜流」となるのか、ポスト安倍政治へと向かうのか、それを占う分岐点になるはずです。
今回、組閣で無派閥の政治家が重要ポストを占めたのは、これまでになかったことではないかと思います。安倍晋三元首相を「国賊」呼ばわりした村上誠一郎氏を総務相に据えたあたり、「脱安倍宣言」の色合いが濃いと言えます。確かに解散日程の変更など、幹事長の森山裕氏のような老練な実力者の意向が幅を利かせそうですが、直近の選挙を乗り切れるかどうかが、最初の関門である以上、背に腹はかえられないのかもしれません。しかし、それが吉と出るのか、凶と出るのか、やはり選挙の結果次第でしょう。
注目したいのは、防衛相に中谷元氏、外相に岩屋毅氏、政調会長に小野寺五典氏を登用したことです。石破氏もそうですが、中谷氏、岩屋氏、小野寺氏は、防衛問題のある種のエキスパートです。彼らを据えたということは、実現可能かどうかはともかく、日米地位協定の改定あるいはアジア版NATOなど、新しい安保、防衛政策への布陣を考えてのことで、そこに石破色を出したかったのではないでしょうか。それが日本を含めて地域の安全平和にどんな影響を与えることになるのか、見守っていく必要がありそうです。
党内基盤が脆弱で、挙党態勢でも波乱含みの石破政権ですが、党内政治から国内政治、さらに国際政治に至るまで、「敵か、味方か」の色分けで対立の構図を作り出す政治からの脱却が進むのだとしたら、多事争論的な熟議を通じた健全な政党政治の復元につながるかもしれません。与党の中で異色の論客と言われる石破氏が、最高権力者になっても「異論、反論、オブジェクション」に開かれた議会運営と世論とのコミュニケーションが出来るのかどうか、この点に注目したいと思います。
※AERA 2024年10月14日号