社内に設置されているレコードプレーヤーでレコード針の仕上がりをチェックする日本精機宝石工業の奥充男さん(写真:日本精機宝石工業提供)

「人間は欲求が満たされると、その逆の価値を本能的に求めます。わざわざ手がかかるものに価値を見いだすようになるんです」

サブスクの普及によって手軽に低料金で音楽が楽しめるようになったことで、それとは対極の楽しみ方ができるアナログレコードの価値が増した、というのが仲川社長の見解だ。

若い人がインスタにレコードジャケットをアップするようになった影響も大きい。レコードを知らない世代がジャケットを入り口に、レコードで音楽を聴く魅力にはまった。さらに見逃せないのは、日本のシティポップの再評価だ。

レコード市場が活況を呈する中、同社のレコード針の受注は低迷期の10倍近くに膨らみ、供給が追い付かない状況になった。需要の急増に対応できない背景にはアナログ技術ならではの要因がある。仲川社長はこう吐露する。

「職人は急には養成できません」

同社が製造するレコード針の種類は2350種類。熟練職人が1本ずつ受注生産に応じている。顕微鏡をのぞきながらピンセットを操り、10分の1ミリ単位の精度で組み立てる姿はさながら「オペ中の外科医」のよう。そんな手作りのアナログ技術を磨くには経験値が不可欠なのだ。

仲川社長は毎朝出勤すると、工場の各部門に足を運び、「おはようございます」と頭を下げて回る。真っ先に向かうのが「匠」と称される最高齢の職人、森田耕太郎さん(76)のもとだ。

「社長の代わりはいっぱいいます。でも森田さんの代わりはいないんですよ」(仲川社長)

同社を支えるのは60~70代の再雇用を含めた人材。そんな中、仲川社長が次世代を担う人材と期待する一人が奥充男さん(42)だ。森田さんのアイデアと技術力で生まれた「MORITA」シリーズのレコード針の製造を引き継ぐ奥さんは入社15年目。東京でエレキギターを製造する会社に勤務後、Uターンの転職先を探していた時、同社の存在を知った。手先の器用さを見込まれ、8年目からレコード針の製造に携わる。森田さんが一目見て、「筋はいい」と太鼓判を押した逸材だ。

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