日吉記念館のバスケットボールのコートで、秋の大学リーグ戦へ向けた練習が続く。3年後輩でヘッドコーチの湯浅光則さんに、部員たち用にバーベキューの肉を差し入れた(写真/山中蔵人)

 店ごとに客がほしがる品をこまめに揃えたら、客に喜ばれるし、売上高も利益も増える。売り上げのデータは毎月出るし、客にアンケート調査もして、店長が「この策でいこう」と決める。これも、データに基づく準備からの答え。早慶戦の敗北から生まれた『源流』からの流れは、社内へも広がっていく。

 バスケットボールを始めた中野区立第五中学校に寄った後、早慶戦で負けた慶大日吉キャンパスの記念館も、もちろん、訪ねた。石段を上り、屋内で階段を下りると、バスケットボールのコートが3面ある。建て直されてはいたが、周囲を舞台と観客席が囲む形は変わらない。37年前、ここで悔しい思いとともに、教訓を得た。

捨てられ踏まれたプログラムの表紙に自分のシュート写真

 87年6月7日、大学での部活4年目だ。現役最後の早慶戦で思いもしなかった点差で敗れ、キャンパスを後にしようとした。最寄り駅へ渡る横断歩道の赤信号で立ち止まり、気落ちして視線を下げると、早慶戦のプログラムが捨てられていた。

 表紙に、前年に早大キャンパスで5年ぶりに勝ったときの、決め手となった自分の3ポイントシュートの写真が載っている。何度か、靴に踏まれていたようだ。味わったことのない屈辱感が湧き、2日間、出かけることもできずに寝込む。

 だが、3日目になると、別の気持ちが湧いてきた。試合は、3ポイントシュートをさせないように徹底的にマークされていたのに、気づかないまま終わった。前年の活躍で気分が舞い上がり、力むばかり。練習も不十分で、力が足りなかったにしても、準備ができていなかった。

 会社でいま、「勝負に勝つには五つくらいの要素があり、その一つが準備力だ」と言っている。物事に勝つため、人に納得してもらうために、どれだけ準備をするか。「できることは何でもやる、全部やる、やり尽くしたうえで勝負に臨む」。それが大事だ、と説く。それを身に沁みて思わせてくれたのが、この記念館での敗北だ。

 負けて3日目、なぜ冷静な自己分析ができたのか、分からない。おそらく、振り返れば思い当たる部分が、自分にあったからだろう。いま、あそこで勝ってそのまますっといった人生よりも、挫折してよかった。あれでビジネスパーソンとしての強さができた、と頷く。(ジャーナリスト・街風隆雄)

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