『パンダ・パシフィカ』 高山羽根子 著
朝日新聞出版より10月7日発売予定
高山羽根子はデビュー以来、一貫して“命をあずかる”責任について書いてきている。“命をあずかる”とはどういうことか。それは子どもを授かった親のケア実践かもしれない。あるいは、医療従事者が提供するケアかもしれない。獣医もまた大切な命をあずかっている。無数の名もなき人たちも、日々小さくて、脆弱な生きものの命を育て、見守っている。高山のデビュー作「うどん キツネつきの」では、宇宙生物である可能性が示唆される犬が、三人姉妹の愛を一身に受ける対象として描かれている。芥川賞受賞作『首里の馬』では、主人公がたまたま庭で遭遇する「宮古馬」をケアする物語である。高山は、あまり速く走るようにはできていない宮古馬の性質におそらく自分を重ねる主人公の弱さにも光を当てている。
本書には「あずかりさん」と呼ばれる人も登場するが、彼女の言葉は、まさに自己責任論が蔓延する社会に生きる人びとの心に刺さる。「人間の社会全体でだれかの生きものを預かって生かしている以上、逃がすことは絶対にしちゃいけない」、そう語る。本作は、高山文学の神髄――つまり生きものへのケアに満ちた想像力をしなやかにことばで表現する感性――が見事に結実した作品である。主人公の篠田モトコは日中の仕事に加えてカラオケのアルバイトもしているが、彼女は行きがかり上、同僚の村崎さんが海外に行っているあいだ、彼が飼っている生きものの世話をすることになる。「キンギョ」くらいしか飼ったことのないモトコが、彼の生きものたちの世話をし始めるのだ。彼女は、体調を崩したファンシーラットの「シナモン」を動物病院で診察してもらい、手術まで受けさせる段取りをつける。その後、弱ったこの生きものにごはんや水を与えるため、わざわざ自宅に連れ帰ったりもする。
とはいえ、村崎さん本人が海外に渡航したまま、なかなか日本に戻ってこないと、さすがのモトコも「このままこちらに帰ってこないんじゃないだろうか、という不安」を抱き始める。しかし、モトコの村崎さんへの不信は少しずつ払拭されていく。それは彼の生きものに対する真摯な姿勢をその飼い方から感じ取っているからだ。たとえば、生きものを「人の視線から遠ざけ」たり、生きものにとって「余計なストレスがかかるのかもしれない」飾りものは置かないという配慮である。最初は生きものについて村崎さんから指示をもらうことから始まったメールでの対話は、次第に哲学対話の様相を帯びてゆき、モトコは傷つけられる生きものについての思索を深めていく。たとえば、絶滅危惧種であるジャイアントパンダと中国の外交史を辿ったり、ネズミの命をめぐり、命は「消すよりもある状態を維持するほうが大変なようにできている」という気づきを得たり、飼っている生きものが亡くなったらどのように供養するかを教えてもらったりしている。