プーチン大統領の愛犬ゆめ。秋田犬。(写真:Mikhail Klimentyev/RIA-Novosti/AP/アフロ)

 一般に、戦争後の平和条約には、以下の3点が盛り込まれる必要があるとされている。

  1.  当事国間の外交関係の回復
  2.  賠償問題の解決
  3.  領土問題の解決

 このうち1点目と2点目は、1956年に結ばれた「日ソ共同宣言」で既に解決済みだ。

 このときに解決出来ず、今も残されている懸案は3点目。つまり領土問題を解決するのが平和条約の唯一最大の目的だというのが、日本の一貫した立場だ。

 しかし、ロシア側の現在の主張は、これとはまったく異なるのだ。

 この点について、私は2016年1月の記者会見で、ラブロフ外相に直接質問したことがある。

「日本側は平和条約締結と領土問題の解決をシノニム(同義語)だと考えているが、ロシアは領土問題が存在しないと考えているように思える」

 私がこう指摘したのに対して、ラブロフ氏は「私たちは平和条約と領土問題の解決をシノニムとは考えていない」と断言した。

 ラブロフ氏はそのうえで、日本が第2次世界大戦の結果を認めることが平和条約の大前提だと主張した。つまり、平和条約を締結する際には、四島をソ連が占領し、それをロシアが継承している現状を受け入れろ、という主張だ。この立場は、18年11月に安倍氏が2島返還路線にかじを切っても、変わることはなかった。

 さらに近年のロシアは一貫して、平和条約にはロシアと日本の幅広い善隣協力関係を盛り込む必要があると主張している。実際ロシアは、領土問題よりもそちらの方が重要だと考えているようだ。

 プーチン氏自身、18年9月に領土問題と平和条約を切り離すアイデアを安倍氏に示した。まずは平和条約で日ロ間に「友人同士」の関係を作り、それを土台に領土問題を解決しようというのだ。

 しかし前述のように、領土問題の解決策を含まないような条約は「平和条約」の名に値しないというのが、日本の主張だ。

 このように、そもそも「平和条約」が何を意味するかについて、日本とロシアの考えがまったく異なるのだ。

 ロシアが言う「幅広い善隣協力関係」や「友人同士の関係」が具体的に何を意味するのかは必ずしも明瞭ではない。ただ一例として、かつて私がロシア側の関係者から聞かされたアイデアがある。

「平和条約に『日本とロシアは、第三国との関係で起きたことを理由にして、相手に対して敵対的な政策をとらない』という条項を盛り込めれば、とても意義深いのではないか」

 今となってみると、これはとても意味深長な内容である。もしも日本がこんな内容を含む条約をロシアと結んでいたら、ウクライナ侵略後も、日本は対ロ制裁に踏み切れなかったかも知れない。油断も隙もないとはこのことだ。

 冒頭で紹介したロシアの外交関係者の「平和条約があったら日本は困ったことになっていた」という発言の背景には、どんな場合でも日本がロシアに友好的な姿勢を示すことを約束すること、有り体にいえばロシアのやることを日本が邪魔できないようにするのが平和条約、という考え方があるのだ。

ロシアから見える世界 なぜプーチンを止められないのか (朝日新書)プーチン大統領の出現は世界の様相を一変させた。ウクライナ侵攻、子どもの拉致と洗脳、核攻撃による脅し…世界の常識を覆し、蛮行を働くロシアの背景には何があるのか。ロシア国民、ロシア社会はなぜそれを許しているのか。その驚きの内情を解き明かす。
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駒木明義

駒木明義

朝日新聞論説委員=ロシア、国際関係。2005~08年、13~17年にモスクワ特派員。90年入社。和歌山支局、長野支局、政治部、国際報道部などで勤務。日本では主に外交政策などを取材してきました。 著書に「ロシアから見える世界 なぜプーチンを止められないのか」(朝日新書)、「安倍vs.プーチン 日ロ交渉はなぜ行き詰まったのか」(筑摩選書)。共著に「プーチンの実像」(朝日文庫)、「検証 日露首脳交渉」(岩波書店)。

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