「三つ子の魂百まで」と昭和天皇
生物学者として知られた昭和天皇も、幼少期に「昆虫と植物」と表題をつけた昆虫標本を作製している。東京都立川市にある「昭和天皇記念館」には、「採集者 裕仁」と自筆のラベルが添えられた実物が展示されている。
同館の副館長で、『昭和天皇実録』の編修にも携わった学芸員の梶田明宏さんによれば、昭和天皇が学習院初等科6年生のときに、学校の夏の自由研究として塩原のセミやトンボを採集して作られたものだという。
「樹皮の周りにセミを配したり、植物の花に何種類ものチョウがとまっていたり、周囲を飛んでいたりしているように貼付された標本。専門家の解説によれば、樹液や花の蜜、葉や茎の液汁を吸って栄養をとるチョウやカメムシ、セミといった自然界の食物連鎖の一端が巧みに表現されているようです」
海洋生物や植物の分類学者としても知られた昭和天皇は、公務の合間に皇居・吹上御苑に開設された「生物学御研究所」や御用邸で、変形菌、クラゲの仲間であるヒドロ虫類をはじめとする海洋生物、皇居・那須・須崎の植物などの研究をライフワークとして続けた。その業績から、「分類学の父」と言われるカール・リンネの名前を冠したロンドン・リンネ協会の名誉会員となり、ロンドン王立協会の会員にも選ばれている。
「昭和天皇は自身の記者会見で、生物学研究は小さいときから『三つ子の魂百まで』の結果とおっしゃられています。実際、『昭和天皇実録』には、ご幼少の頃より箱根や伊香保などでは昆虫採集を、沼津や葉山の海岸では貝殻ひろいをさかんに行われ、そうして集められた昆虫や貝の名前を図鑑で調べ、分類・整理して標本作りを熱心にされていたことが書かれています」(梶田さん)