物価高や円安、金利など、刻々と変わる私たちの経済環境。この連載では、お金に縛られすぎず、日々の暮らしの“味方”になれるような、経済の新たな“見方”を示します。 AERA 2024年9月9日号より。
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受け取った紙幣からメガネのオヤジの顔が現れると、僕は少し不機嫌になってしまう。北里柴三郎に恨みがあるのではなく、新千円札がなかなか使えないのだ。
キャッシュレス決済を心がけている僕は、現金を使うシチュエーションが限られていて、もっぱら使うのは時間貸駐車場を利用するとき。ところが、新紙幣に対応していない自動精算機がいまだに多く、使えなくて困っている。
5年ほど前に新紙幣が導入されると決まったときに、経済が良くなるという報道がなされていた。
「新紙幣による1.6兆円の経済効果が、経済成長率を0.3%押し上げる」
新紙幣に対応するには、駐車場の自動精算機だけでなく、銀行のATM、ジュースの自動販売機などの機械をすべて新しくしないといけない。その結果、機械を作る会社の売り上げは1.6兆円増える。その分だけGDP(国内総生産)が増え、経済成長につながるという話だ。
一見正しそうだが、本当にいいことなのだろうか?
この1.6兆円というお金は湧いて出るわけではなく、機械を新調する店や銀行が負担している。回り回って消費者も負担することになるだろう。1.6兆円というと、国民一人当たり1万3千円という計算になる。銀行の手数料として支払うのか、自販機のジュースが値上がりするのかわからないが、とにかく誰かが支払わされている。
普通の買い物でお金を支払わされるのなら文句はない。千円の商品を買うときは、千円以上の価値があると思って支払っており、消費者である僕らはその金額に納得している。
しかし、新紙幣の導入のように、半ば強制的に支払わされるコストについては、本当にその価値があると納得して支払っているわけではない。にもかかわらず、経済効果の数字が大きい方が良いことかのように報道されるのはいかがなものだろうか。