暴風雨の中、出動した救助隊員。7月11日、御殿場ルート8合目付近(静岡県警地域課の公式Xから)

気づかないうちに死亡

 夏富士での遭難死亡事故は、「低体温症」によるものが多いという。体が濡れた状態で強い風にあおられると、あっという間に体温が奪われて行動不能に陥ってしまう。

 10日正午の富士山頂の気温は4.9度。気象庁によると、風速15~20メートルで人は風に向かって歩けなくなる。風速が1メートル増すごとに体感温度は1度下がる。富士山で遭難した登山者が体感した気温は、マイナス10度前後だったと推測される。

 山岳医療救助機構の大城和恵医学博士は長年、標高3250メートルにある「富士山衛生センター」で勤務してきた。「富士山のような木々のない、吹きさらしの場所では低体温症を発症しやすい」という。

 低体温症が恐ろしいのは、低体温症になり危機的状況に陥っていることに本人が気づかないことだ。単独行で低体温症になっても本人が気づかないために、救助を求めることなく意識が低下して亡くなってしまう。

防寒着や食べ物そのまま「どうでもよくなって」

 大城さんの調査によると、2011~15年の間に山岳遭難で81人が低体温症で亡くなった。ところが、このうち、本人が救助を求めたのはたった1件だ。ほかは同行者や他の登山者による通報、もしくは家族からの捜索願だった。

「低体温症になると、脳の温度が下がって判断力が失われます。助かった人の話を聞くと、『何かをすることが面倒になって、どうでもよくなった』と言う」(大城さん)

 実際、亡くなった人のザックの中身を調べると、防寒着や食べ物がそのまま残されていることがあるという。

低体温症対策とあんパン

 富士山の11日までの遭難現場では、当時、横なぐりの雨も降っていた。濡れた着衣は通常より約20倍も体温を奪いやすい。

「大丈夫だと思って登っていても、天候が急変したり、転倒などのトラブルで行動不能になったりして、その場所から抜け出せなくなる場合もある。長時間、吹きさらしのなかにいると、訓練を積んだ山岳救助隊でも低体温症の危険にさらされます」(同)

 低体温症対策は、「防止」が何より重要だという。

 第一に食べて、体温を保つこと。エネルギーを十分にとらないと、行動できなくなるだけでなく、体温も維持できなくなる。

「特に炭水化物は効率的にエネルギーに変わります。私が好きなのはあんパンです。あんこにはブドウ糖が含まれているので吸収が非常に早い。パン生地はでんぷん質なのでゆっくりと効いてくる。それをこまめに食べ続けることが重要です」(同)

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