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 極寒の地に古くから伝え継がれてきた話…ではなかった。格調高い小泉八雲の「雪女」は、地域の伝説というよりは創作的要素が強いという。作家・吉田悠軌氏の著書「教養としての最恐怪談 古事記からTikTokまで」(ワン・パブリッシング)のなかから、「雪女」を一部抜粋の形で紹介する。

【写真】令和の怪談の語り手といえば、この人

* * *

 ある村に、2人のきこりがいた。ひとりは年老いたモサク、もうひとりは若いミノキチ。2人はいつもペアを組んで、森での作業を行なっていた。

 寒い冬の夕暮、二人は川向こうの森から帰る途中で吹雪に襲われた。なんとか船の渡し守小屋に逃げ込んだものの、火がおこせないなか、2人はつい眠り込んでしまう。

 ふと目が覚めたミノキチは、いつのまにか白く美しい女が小屋にいて、モサクを覗き込んでいる様子を見た。女はモサクの顔にむかって、白くきらめく氷の息を吹きかけている。怯えて震えるミノキチに、女はにこりと笑いかけて。

「お前は若く、美しいから見逃してあげる。でも、この夜のことを決して誰かに喋ってはいけないよ。たとえお前の母親にだって……」

 そう言い残し、女は消えた。

 翌朝、気を失ったミノキチ、そしてモサクの凍死体が、渡し守によって発見された。
 

 それから1年後の冬。ミノキチは、オユキという色白の美しい娘と出会い、恋をし、結ばれた。オユキは素晴らしい嫁で、家事をよくこなし10人の子にも恵まれる。母も臨終の際、オユキを褒めながら死んでいった。ミノキチたち家族は何年も幸せに暮らした。

 そんなある晩のこと。オユキは行灯の光で針仕事をしていた。彼女の容姿は出会った当初から全く老いていない。すやすやと眠る子ども、淡い光の中で針を動かす美しい妻。ミノキチはこの愛に満ちた光景を眺めているうち、自分でも知らず言葉が漏れた。

「お前を見ていると、18の時のことを思い出す。お前と同じ、白く美しい女だった……」

「その人のことを話してくださいな……」

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ルーツは東京都青梅市?