雪女はミノキチにとって死の運命を握る女だった。自分よりはるかに強いこの女に、青臭いミノキチは完全に蹂躙された。しかし命の危機を乗り越え、いっぱしの大人となった彼は、妻を娶り子を育て生活を築いた。すべてが充足しきったところで、ふと昔出会った女の想い出が甦り、けっして言ってはならない言葉を妻に伝えてしまう。
3人の「わたし」
「……その女こそ、わたし、わたし、わたしです!」
正体を明かす時、ハーンの雪女は三度「わたし」と叫んだ。若い時に自分を圧倒した雪女、共に幸せな生活を築いた妻オユキ、さらにいうなら最期まで嫁を称賛し続けた母親……この3人の女は、ミノキチという男にとって同じ一人の女だったのだ。男が命を許されたのは子を育てる使命のため。人生の各場面にいた3人の女はもう男から永遠に去ってしまい、傍らでは残された子たちが静かな寝息をたてている。
このひどく短い怪談には、捨て子であるハーンが抱いていたであろう、母と女への恐怖と憧憬があますところなく詰め込まれている。だからこそ我々は、この怪談を昔から日本各地で語り継がれた民話として求めてしまったのだ。