異類婚姻譚とは、もともとは昔話に特徴的な物語のパターンのひとつである。有名なのは鶴の恩返し(鶴女房)や雪女。人間と人間以外のものが結婚するというお話である。
 今期芥川賞受賞作、本谷有希子『異類婚姻譚』はしかし、人間同士の結婚生活を描いた小説だ。〈ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた〉という「私」。結婚してもうすぐ4年。「私」は専業主婦である。夫はバツイチだが、人並み以上の収入があり、〈無理して働かなくても大丈夫〉という申し出に喜んで飛びついた。ところが結婚後の夫は〈俺は家では何も考えたくない男だ〉といいだす。
〈「あっ。」/私は思わず大きな声をあげていた。/旦那の目鼻が顔の下のほうにずり下がっていたのだ。/瞬間、私の声に反応するかのように、目鼻は慌ててささっと動き、そして何事もなかったように元の位置へ戻った。私は息を呑んだ〉
 まるで旦那という名の妖怪である。長年連れ添った夫婦の顔や、ペットと飼い主の顔が似てくるというのはよく聞く(よく見る?)話ではあるけれど、その種の微笑ましい話題とは異なり、結婚生活の不気味さがじわ~っと浮かび上がるのがこの作品の妙味。ソファに寝そべり、愚にもつかないテレビやゲームにウツツを抜かし、〈楽をしないと死んでしまう新種の生きもの〉のような夫。〈いつの間に、私は人間以外のものと結婚してしまったのだろう〉
 問題は「私」が夫に似てきたのか、夫が「私」に似てきたのかだ。ぐうたらな夫が妖怪なら、妻も妖怪かもしれないわけで。かくて待っているのは思いがけない結末である。
〈旦那はもう、山の生きものになりなさいっ〉〈あなたはもう、旦那の形をしなくていいから、好きな形になりなさいっ〉。そういわれた夫はどうなったか! 現実と非現実の境界を巧みな筆致で描いてきた本谷有希子らしい一編。配偶者の目にはあなたも「人間以外のもの」と映っているかも。ご用心!

週刊朝日 2016年2月12日号