私にとって岸本佐知子は、英語圏の小説を紹介してくれる大切な翻訳家である。訳文の巧さは当然ながら、最大の魅力は、取りあげる作品がどれもどこか奇妙な点にある。日本の作家だけを読んでいては出逢わない、虚を突く視点や展開の面白さを何度も味わってきた。だから、この人が選んで編んで訳した作品ならば、何はともあれ読んでみたくなる。
 この『コドモノセカイ』には、岸本が編訳した、タイトルどおり「子どもの世界」を描いた12の物語が収められている。とはいえ、どの作品も他とは似ていない。長さも、人称も、リズムも、それぞれが独自の気配を放ってあきさせない。しかし、そこに共通してあるのは、確かに「子どもの世界」なのだ。
 たとえば巻頭の「まじない」では、自分が考えていることを宇宙人に盗み聞きされていると気づいてしまった7歳の少年の奮闘が描かれる。宇宙人はすでに家の中にまで侵入していて、彼はついに対決のときを迎える……どうだろう? 私はこの掌編を読みはじめてすぐ、自分の子ども時代にグイッと引きもどされてしまった。
 見えないものが見えていたあの頃、私の敵は宇宙人ではなかったが、周りには有象無象の敵や味方がいて忙しかった。時にはプラモデルのサンダーバード2号を率いて5台のミニカーと戦い、タンスの上にあった博多人形の金太郎を守護神と仰ぎつづけた。
 あれは、いったい何だったのだろう?
 現在の自分につながっているあの子ども時代を思うと、どうしても自嘲してしまう。どこか切なく、恥ずかしく、だけど愛おしい思いが満ちてくる。まだこの現実世界になじめないくせに自分なりに向きあい、その時点の知識と経験を総動員して解釈し、行動していたあの頃、あの世界。
 どの作品を読んでも、子どもだった頃の自分の世界がさっとよみがえる貴重な編訳集。岸本佐知子はやっぱり裏切らない。

週刊朝日 2016年2月5日号