企業版ふるさと納税を利用した町の事業に問題があったのではないか。福島県国見町でそんな疑惑が持ち上がり、町議会の調査特別委員会(百条委員会)は27日、「公平公正とは評価できない」などと指摘する報告書をまとめた。企業からの寄付で得た大金で救急車の開発・製造に乗り出すという事業だったが、小さな町の大きな試みはあっさり挫折、町には不正の疑惑だけが残った。
問題の事業は2022年に持ち上がった。寄付金で高規格救急車を開発、製造し、近隣自治体にリースすることで収益を得るという構想だ。自治体が新しい救急車をつくるという突飛な発想だが、町の創生をめざして発足した「官民共創コンソーシアム」でアイデアが決まった。この事業に寄付したのは、DMM.com(東京)グループの3社。いずれも匿名で総額4億3200万円を寄付した。これを原資に町は事業を進めたが、2つの「受託」をめぐって問題が生じた。
ひとつは事業そのものの受託だ。町からの委託発注は同年11月、プロポーザル(企画提案)方式で行われたが、公募に応じた会社は、この事業の準備作業の事務局を担っていた「ワンテーブル」(宮城県)という企業1社のみだったため、同社が主導して計画した事業を、同社自らが受託する形となった。
もうひとつの受託は、高規格救急車の開発・製造だ。ワン社は「ベルリング」(東京都)という企業と業務委託契約を結んで製造を依頼したが、ベル社が寄付企業であるDMM.comのグループ会社のひとつだったことがわかった。
企業版ふるさと納税制度では、最大で寄付額の9割が法人税などの法人関係税から控除される仕組みがある。実質的な企業の負担額は1割なのだ。しかもその寄付で救急車の製造を行うのだから、町の事業を介してぐるりとDMMグループ内にある程度の金額が戻ってくる形となる。DMMグループ全体でみると、同グループは寄付によって多額の “節税効果”を実現したことになる。
内閣府によると、寄付を受けた自治体側から寄付企業への経済的見返りは禁じられている。寄付企業(グループ)が自ら事業を受注することが即見返りとみなされるわけではないが、寄付と受注に因果関係や不正があれば問題になる。
グループが寄付した町の事業をグループ内の企業が受託するという一連の経緯について、AERA dot.はDMM.comに説明を求めたが回答はなかった。
事業は順調に進むかに見えた。ところが23年3月、ワン社の社長が、この事業をめぐって国見町を見下す発言をしている録音記録が報道で流れたことで町は態度を硬化。救急車は既に出来上がっていたが、町はワン社との関係を解消した。これにより、事業は救急車12台をそろえるところまでで終わり、肝心のリース事業は実現しなかった。町は収益を生まない救急車を抱え込むことになったが、現在までに消防組合や病院に無償で贈与された。
「ワン社が地方創生をうたい文句に、町を食い物にしたのではないか」「いや、DMMグループの税金対策スキームに町が利用されたのではないか」
様々な疑惑と憶測を呼び、町の監査委員は22年度の決算監査の意見書で、町がつくる救急車の仕様書作成にワン社の関与が推察されると指摘したうえで、「受託者(ワン社)に極めて有利で公平性に欠けている」と批判。続けて町議会の百条委設置となった。
9カ月に及ぶ調査で、百条委は引地真町長をはじめ、同事業にかかわった町職員、ワン社やベル社の責任者らを証人喚問した。報告書は、町が作成した救急車の仕様書が、ベル社製の救急車の仕様と酷似している点を指摘。
「(ベル社と契約関係がある)ワンテーブル以外に本事業仕様の救急車を短期間で開発製造することは不可能」
とした。そのうえで、
「ワンテーブル以外の参入が事実上できない仕組み。入札に見せかけた実質的なワンテーブルとの随意契約であったと考えるのが相当。公平公正な入札だったとは評価判断できない」
としている。
また、報告書は引地町長の責任にも言及。
「出処進退は政治家自らが決断する以外にない。速やかな政治決断を求める」
としている。百条委は今後、報告書を町議会の臨時会にかけたうえで、町に提出する予定だ。
(フリージャーナリスト・藍原寛子 AERA dot.編集委員・夏原一郎)