きっかけは、悪質なクレーマーの闖入だった。うらぶれた商店街が、誹謗中傷をみごとに撃退したカリスマ店主のもとに結束し、がぜん活気を取り戻す──。ここでうっかりハートウォーミングな町おこし物語を期待した人は要注意!かつてない昂揚に味をしめた共同体は、マッチョで壮快な言葉に煽られ、とんでもない方向へと暴走していく。現代に満ちる狂気の正体を巧みにあぶり出した、近年最大の問題作だ。
頑張ってるのに。まじめにやってるのに。俺は悪くないのに。出口の見えない鬱屈を抱え込んだ人びとは、お手軽な「正義」や「正解」にたやすくのみ込まれてしまう。加えて、ネットから大量に流れてくる言葉のスピードが、ぶちまけられる声のやみくもな刺々しさが、思考を摩耗させ麻痺させる。彼らはただ、その場しのぎの解放を求めているだけだ。そこに価値判断なんて本当は存在しない。
じゃあ、小説には何ができる?──この本はまるごと一冊でそれを示している。思考停止の呪いを解くには、自分の手でページを繰って言葉を手に入れるしかないのだ。
※週刊朝日 2016年1月15日号