義勇を変えた炭治郎からの「疑問」

 鬼殺隊の隊士たちは大切な人との別れに耐え、痛みを我慢し、恐怖を乗り越えようとしてきた。柱にも、隊士にも、それぞれに苦しみがある。故郷に帰ることもできず、無理をしてほほ笑み、たとえば兄と暮らすことを諦め、大切な弟を抱きしめることもままならない。愛する人にも好きだと言えず、仲間は死に、失うことが続く日々。

 しかし、この柱稽古に際しては、ほんのわずかな期間ではあるが、鬼殺隊の仲間たちは互いに交流の時間を持つことができた。これまで誰にも弱音や本心を語ることがなかった義勇もまた、世話焼きで強引な炭治郎の問いかけに、ついに本音で答えてしまう。

「そもそも柱たちと対等に肩を並べていい人間ですらない 俺は彼らとは違う 本来なら鬼殺隊に俺の居場所は無い」(冨岡義勇/15巻・第130話)

 これまでの義勇は、姉と親友を失った悲しみも、最終選別が抱えている矛盾も、仲間が死んでいく苦しみも、決して口にはしなかった。だが、ここでやっと義勇は弱音を吐露することができた。そんな彼の心を弟弟子の炭治郎が変えていく。

「義勇さん… 義勇さんは 錆兎から託されたものを 繋いでいかないんですか?」(竈門炭治郎/15巻・第131話)

義勇の心は「救われる」のか?

 義勇は、炭治郎による「託されたものを繋ぐ」という言葉で、目覚めた。鬼殺隊では多くの者たちが戦闘で命を落とす。しかし、彼らの思いは「不滅」なのだ。助けられたこと、救われたことで頭がいっぱいだった義勇は、今、自分が「繋いでいく側」になったことをやっと自覚する。

 義勇がとらわれ続けていた、錆兎と蔦子の「最期」。けれど、目に涙を浮かべて口にした炭治郎の言葉がきっかけとなって、やっと義勇は優しくほほ笑む彼らの姿を「思い出す」ことができた。姉と友が義勇に遺したものは、「苦しみの死」でも「悲しみの生」でもなく、義勇への深い愛情だった。

 この後の義勇は孤独に戦うことをやめるようになる。孤高の「水柱」は、友と一緒に戦い、後輩たちを守る盾となる。柱稽古では、義勇が他の剣士と訓練する様子や、少しだけ笑う姿を見せてくれる。柱稽古で起きた心の交流を通じて、水柱・冨岡義勇は一層強くなる。彼の今後のさらなる変化と活躍を見るのが、楽しみでならない。

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植朗子

植朗子

伝承文学研究者。神戸大学国際文化学研究推進インスティテュート学術研究員。1977年和歌山県生まれ。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。著書に『鬼滅夜話』(扶桑社)、『キャラクターたちの運命論』(平凡社新書)、共著に『はじまりが見える世界の神話』(創元社)など。

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柱稽古で起きた心の交流