イベンターさんが押し黙った。

 駅の階段を降りると「あちらです」とイベンターさん。

 駅の敷地を出ると、目の前に大きな建物。大股の数歩で呉竹文化センターに着いた。

「ちけーよ」

「すいません」「ごめんなさい」

 イベンターさんと前座さんがほぼ同時に謝った。いや、謝罪は要らない。べつに私は怒ってはいない。こんなにまで何も考えずに言葉が口から飛び出すのも珍しい。そんな「ちけーよ」だった。感情をいっさい込めることのないゼロの「ちけーよ」。脳が反射的に言わせた「ちけーよ」。それ以上でもそれ以下でもない、混じり気のない純度100%の「ちけーよ」。

 それにしてもホント「ちけかった」な、あれ。

 4月の京都の思い出は「ちけーよ」。

 追記

 独演会は昼夜公演だった。昼の部のまくらで「いづう」の鯖姿寿司が好きだ、ということを喋ったら、夜の部の開演前に鯖姿寿司が違う方から合計七つ届いた。昼夜来てくれるお客様がわざわざ京都駅まで行って買ってきてくれたようだ。この場を借りて御礼申し上げます。みんなで分けて美味しく頂きました。「いづう」、うめーよ。そんで、たけーよ。

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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