その手法はサーフィンにも生かされる。その勘どころの良さが五十嵐の強みだろう。

「サーフィンって、海に2時間入っていても波に乗るのは1~2分。だからこそ一本一本を大切に、何をすべきかをよく考えてトライするようになりました。以前は、いくつもの目標を同時に練習したいと思っていたのですが、ひとつの課題に集中して練習したほうが、前に進んで上達するなと実感しています」

 五輪に向け、あと必要なことは?と問うと、「安心しないこと」と気を引き締める。

「タヒチは、波次第で点数が決まってしまう面があります。いくら待っても良い波がこなければ点が出ないですし、相手が良い波に乗ってしまえば点数を与えてしまう。一番楽しみだけど、一番気をつけなければならない波でもある。好きだからこそ安心せず、相手に良い波を与えないよう集中することをコーチと話し合っています」

 ハイリスク・ハイリターン。ゆえに、タヒチでは海に愛されていることも大切な勝因になる。

「同じ海、同じ波は二度とありません。だからといって、運に任せないこと。自分がコントロールできる部分は最大限コントロールしていきます」

サンゴのおかげ

 自然に左右される難しさを、五十嵐はネガティブには捉えていない。むしろ、自ら自然を愛することに乗り出しているのだ。

「実は今日も、地元の子どもたちと一緒にサンゴの保全活動をしてきました。酸素マスクをつけて潜って、リーフを掃除するのです。自然をサポートすることも、サーフィンの一環です」

 タヒチのパワフルな波は、海底がサンゴ礁や岩だからこそできる、いわゆるリーフブレイクだ。幼い頃にはサンゴで怪我をしたこともあるが、今はサンゴと共に生きている。

「ここ数年、『SHISEIDO BLUE PROJECT』などの団体が行う海洋保全に参加しています。人間が綺麗な空気で生きていられるのも、サンゴのおかげ。人間が海に入ることで(海洋汚染などの)ネガティブな影響を与えるのではなく、ポジティブに変えていけたらな、と。この活動を10年、20年続けた先に『人間がいて良かった』と、海に思ってもらいたいのです」

 海の気持ちを考える。そんな発想を抱けるほどに、23年間、海との対話を続けてきた。

「東京五輪とパリ五輪は、波のタイプが異なり、違うスタイルのサーフィンです。3年前は、まずは自分らしいパフォーマンスを見せることができました。パリ五輪では、金メダルを取るのは当然の目標。今度は、世界中のみんなに『カノアは海と繋がっているな』という、サーフィンの面白さを見せたいです」

 海を愛し、海に愛される──。パリ五輪では、海と五十嵐が一体となり、極上のハーモニーを奏でる。(ライター・野口美恵)

AERA 2024年6月10日号

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