不審な兆候

 「特別枠」に対する周囲の遠慮は異常を極めた。

  金銭詐取が発覚する2020年の3年前にはすでに不審な兆候があった。にもかかわらず、第一生命はスルーしている。この経緯については、取材した筆者自身、不可解なことだらけだった。

 「特別枠は本当に存在するのか」

 17年8月8日、山口銀行徳山支店の担当推進役から坂下の所属する徳山分室にこう照会があった。担当推進役は、取引先の有力者Aの名前を挙げた。そして次のような説明をする。

「A氏から1億円の融資依頼があった。A氏は坂下から『自分だけに認められた特別枠があり、5%の運用で回る』と言われているそうだ。A氏はすでにいくらか貸しており、今までも利息が順当に支払われていると言っている。最初は自己資金を入れていたが、運用枠が拡大したので弊行から資金を借り入れてそこに充当するようになった。そんな運用枠があるのか聞いてみることにした」

 「特別枠」など聞いたこともなかった第一生命の担当者は不審に思い、本社に連絡。本社のコンプライアンス担当らが態勢を組み調査を始めた。だが彼らが、改めて山口銀行を訪問すると、支店長から意外な反応が返ってきた。

「うわさ話を聞いただけだった。顧客と個人的なお金のやりとりはあるかもしれないが、弊行は詳細を把握していない」

 担当推進役の詳細な説明とは一変。支店長は「A氏や坂下には弊行が問い合わせをしたことや、その内容は絶対に言わないでほしい」とまで頼み込んできた。

 その後の展開について、筆者に対する両社の見解は食い違った。

第一生命 「被害の存在を疑い、山口銀行に協力を求めたが、拒否された」

山口銀行 「詳細を知る由もなく、取引先に直接話を聞いて頂きたいと伝えた。その後も高い職位で営業活動を継続する元営業員に対して疑念を持つ理由がない」

 筆者の取材では、少なくとも担当推進役は有力者Aから特別枠についてある程度、具体的に情報を得ていた。

 有力者Aにも何度か取材を試みた。自宅を訪問した直後、なんと山口銀行から「本人は会うつもりはない」と電話がかかってきた。

 後日、山口銀行の幹部は筆者に、坂下の「特別枠」に預けるとした有力者Aに対する追加融資は実行しなかったと明かした。

 その後の取材で、実はこの証券は山口銀行の親会社、山口フィナンシャルグループ傘下の証券会社で保有していたものだったとわかった。

(文中敬称略。肩書は当時のもの)

※この問題の全容については『損保の闇 生保の裏』に記載しています。顛末については同書をご参照ください。記事は一部抜粋です。

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柴田秀並

柴田秀並

しばた・しゅうへい/1987年、東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。2011年、朝日新聞に入社し、現在は経済部記者。金融担当が長く、かんぽ生命保険の不正募集などを取材。社会部調査報道班に在籍中は国土交通省の統計不正や同省OBによる人事介入問題の取材にも携わった。著書に『生命保険の不都合な真実』(光文社新書)、『かんぽ崩壊』(共著、朝日新書)がある。

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