英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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7月4日に英国で総選挙が行われることになった。大方の見方では総選挙は秋と言われていた。20%も野党に支持率をリードされながら、首相が総選挙に打って出たのは、経済が上向きになったからと噂されている。2024年第1四半期(1~3月)の実質GDP成長率は前期比0.6%で、2023年下半期の2四半期連続のマイナス成長から転じてプラス成長となった。景気後退からの脱却である。ピーク時には10%超えだったインフレ率も2.3%になり、イングランド銀行の目標2%に近づいている。特に素晴らしいレベルではないのだが、それでも「この隙に」と首相が解散総選挙する気になったとすれば、今年中にこれ以上良くなることは予想できないからではないか。
今回の選挙は、「チェンジ(変化)」と「セキュリティー(安全)」の対決と言われている。野党労働党は「チェンジ」という言葉をそのものずばり選挙スローガンにして、様々な選挙グッズにプリントしている。一方、スナク首相は一時的に上向いた経済を盾に取り、経済的安定の重要性を訴えてきた。
労働党が「チェンジ」「チェンジ」と連呼すると、「何をどうチェンジするつもりなのか」と言いたくもなるが、そこを具体的に明言せず、曖昧だがしつこく「チェンジ」の必要性を訴えるのは今の英国のムードを鑑みると票集めには良策なのかもしれない。逆に、安定路線だったはずのスナク首相のほうが、18歳を対象に1年間の兵役、もしくは医療、警察などでの社会奉仕活動を義務づけるという、有権者もびっくりの派手な「チェンジ」を発表して賛否両論を呼び、「実は辞めたいんじゃないのか」と言う人たちもいる。
英国在住28年目の私は、3度目の政権交代を見ることになる。この国では、10年以上も一つの党による政権が続くとふつうに交代が起こり、それが繰り返されていくのだなというのが、実は素朴な感想だったりする。
権力は腐る。どんな権力もそうである。だから「チェンジ」する必要があるのだ。英国で今、多くの人々が求めているのは「交代」の「チェンジ」であり、早くも実現性に疑問が広がっている兵役復活とかじゃない。
※AERA 2024年6月10日号