デイリーポータルZ代表取締役、林雄司。コスパやタイパを追求し、収益を最大化していく。今の社会は、合理性こそ正義と言わんばかりだ。そんな時代に、林雄司は「愉快なくだらなさ」で膝カックンを食らわせる。役に立つものだけが価値があるわけではない。林が立ち上げたWEBメディア「デイリーポータルZ」が歩んできた22年の道程が、それを証明している。
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東京・渋谷のスクランブル交差点を抜けると「109」が見える。だが、林雄司(はやしゆうじ・53)が注目したのは、その斜め向かいにあるビルの看板だ。
「まさか、くら寿司だったとは!」
巨大な看板に書かれた文字を見て、思わず声をあげる。林に同行していたライターの安藤昌教とべつやくれいが地図に×印をつけた。全員、事前に予想した店名とは違う。
この日林たちは、林が運営するWEBメディア「デイリーポータルZ」の特集記事の取材をしていた。タイトルは「ここなんだったっけ?答え合わせ散歩」。事前に店のジャンルだけが記された地図に、記憶を頼りに店名を記入。その後、街を歩きながら答え合わせをするという企画だ。
林と安藤は、以前の職場が渋谷だったこともあり、土地鑑には自信があった。だが後に、記事の中で林はこう書いている。
「おれたちは本当になにも見てない」
デイリーポータルZには、「納豆を1万回混ぜる」「一人で女子とカフェデートしている写真を撮る方法」「セブンイレブンの壁にまぎれる」など、「愉快な気分になるが役に立つことはない」記事が多く集まる。22年前に林が一人でこっそりと立ち上げたサイトは、今では累計50人以上のライターが参加。記事数は2万本を超え、20代から40代の読者を中心に月間最高2千万PVを記録する人気メディアに成長した。
皆知っているけれど、忘れている。目には映っているけれど、見えていない。デイリーZの記事には、頭の片隅から“そういえばあった記憶と感情”をズルズルと引きずり出される快感がある。