「十和利山クマ襲撃事件」で犠牲者を食害したとみられる体長80センチほどのオスグマ=米田一彦さん提供

クマの遺伝子と照合すべき

 被害者の遺体には加害したクマの体毛が付着する。射殺したクマの遺伝子と照合すれば、加害したクマかどうかは明らかになる。

「遺伝子分析も行われなかった。北海道でクマによる死者が出れば、遺体から必ず体毛を採取します。人々の安全を考えるなら、関係機関の対応はあまりに不可解でした」

 米田さんは、射殺されたメスのクマによる食害は、すでにあった遺体を食べていた「参加食害」であり、「主犯」のクマは「まだ捕獲されていない」と推察した。その根拠が、被害者たちの頭蓋骨の陥没だ。

「被害者の顔やあごが、クマの攻撃によりがっぽり取れることはよくあります。頭蓋骨が骨折するほどの攻撃力は、オスであれば体重80キロ以上、メスだと100キロ以上なければ難しい。射殺されたメスのクマは60キロ程度で、あれほどの傷をつけるのは不可能であり、ほかに攻撃したクマがいると考えるのが自然です」

8年前の事件で、クマを威圧しながら捜索する県警のヘリ=2016年、鹿角市十和田大湯

ヘリの爆音で移動するクマたち

 目撃情報からも、ほかにも食害に関与したクマは残存していることが強く疑われた。

 事件の翌年、秋田県は十和利山クマ襲撃事件の影響から、クマの駆除を強力に推し進めたが、米田さんは十和利山に通い、関係者の証言を集め、根気強くクマの観察を続けた。

 クマの世界には序列があり、大きなクマほど優位で、エサ場を移動することはない。米田さんは個体識別を行い、「推定に推定を重ね」、加害グマを2頭に絞り込んだ。

 1頭は、第1、第3、第4の被害者を殺害したとみられる「スーパーK(鹿角の頭文字)」と名付けた84キロのオスグマ。もう1頭は、第2の被害者の遺体のそばで目撃された、子グマを連れた120キロ級のメスの赤毛グマだ。

加害グマはようやく姿を消した

 同年9月、スーパーKはデントコーン畑に仕掛けた箱わなで捕獲され、駆除された。

「けれども、メスの赤毛グマは生き残った。遺体の食害に参加したとみられる子グマは、親離れした後、牛小屋を襲い続けて駆除されましたが、親のほうはわなをかいくぐり続けた」

 最近になってようやく、一連の加害グマは「いなくなった」という。

「赤毛グマは21年秋以降、現場で発見できなくなった。どこかで駆除されたのでしょう。断言はできませんが、事件に関係したと思われるクマはすべて姿を消したと考えています」

「十和利山クマ襲撃事件」現場に現れたクマ(2020年7月撮影)。「牧草に隠れるぐらいの幼熊を2頭つれた100キロ級のメスグマ。クローバーを食べている。10メートル先に立つ私を鼻で探している」(米田一彦さん)=本人提供
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