プレスリリース用資料の惹句が目を釘付けにする。〈ガルシア=マルケスの驚異的な幻想、フォークナーの壮大な熱量〉。畠山丑雄『地の底の記憶』。今年の文藝賞受賞作、2作のうちの1作である。
〈宇津茂平(うづもひら)はなだらかな湿地帯が広がる日本海側の平野である〉と小説は書き出される。平野の中央を東から西に流れる宇津茂川。小学6年生の岩倉晴男はある日、同級生と3人で川の上流に水車小屋を見つける。後日訪れた水車小屋には、青田守と名乗る男が妻と住んでいた。ただし、青田の妻は「人形」だった……。
こうして物語は、晴男たちの冒険をからめつつ、宇津茂平100年の歴史と土地の伝説を追っていく。
宇津茂平を特徴づけ、かつ物語を大きく左右するのは電波塔(極東無線電信局 宇津茂平町送信所)と鉱山だ。第1次大戦後の1920年、日本軍の情報収集のために建設された電波塔は建設25年後にお払い箱となり、一時は宇津茂平のモニュメントとして人気を博すもすでに忘れ去られていた。一方の鉱山は1895年に宇津茂川の上流で褐鉄鉱の露頭が発見されたのを機に開発され、1910年、宇津茂平沖で座礁したロシア商船の艦長が買い取ったが、資源の枯渇や鉱毒問題により、1947年に閉山した。──とかなんとか、もっともらしいではないか。架空の土地の架空の歴史だってのに。
電波塔も鉱山も子どもを(ある種の大人も)ワクワクさせるアイテムだ。そこに過去の愛憎劇をからませて読ませるテクは一級品。作中には〈歴史と「お話」の境界はひどく曖昧である。歴史の下には、広大な闇に覆われた、混沌とした「お話」の層が存在している〉なんて開き直り(言い訳?)めいた一文も。
ガルシア=マルケスでもいいんだけれど、この感じはそうだな、横溝正史風かな。作者は1992年生まれの京大生。同じく京大生だった平野啓一郎のデビュー作『日蝕』とか万城目学とかに近いテイストもあり。作り話に賭ける情熱に脱帽だ。
※週刊朝日 2015年12月11日号
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