皇后雅子さまは、ガザ地区で過酷な医療技術支援を続けた川瀬佐知子さんの話に何度も深くうなずいた=2024年5月15日、東京都渋谷区の明治神宮会館、JMPA
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 全国赤十字大会が今月15日、東京都渋谷区の明治神宮会館で開催された。名誉総裁の皇后雅子さまは、赤十字社の活動に尽力した個人や団体に有功章を授与。受章者との懇談の場では、ガザ支援の苦労に聞き入りながら、雅子さまが感極まる場面もあった。

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「大変な環境だったのでしょう」 

 式典のあと、皇后雅子さまは、ガザ地区で負傷者の治療に携わっていた看護師の川瀬佐知子さん(45)にこう声をかけた。 

 川瀬さんは、この赤十字大会で活動報告をしたひとりだ。過酷な現地の状況を伝える川瀬さんの報告は、鬼気迫るものだった。激しい攻撃が続く日は、寝る前に家族にメッセージを送っていたという。

「『もう目覚めないかもしれない』と覚悟を決めて、目をつむりました」

 大阪赤十字病院で看護師をしていた川瀬さんは、昨年7月にガザ北部のアルクッズ病院に入り医療技術支援を続けていた。10月に、イスラエルとイスラム組織ハマスとの大規模な軍事衝突が始まる。退避した南部でも、爆撃の煙があちこちで立ち上る中、負傷者らの応急処置や薬剤調達を続け、昨年11月に帰国した。

「アルクッズ病院に避難者はどのくらい?」 

「退避も大変だったでしょう」

 川瀬さんとの懇談で、雅子さまはガザでの状況をさらに尋ねた。

 負傷者含めて、1万5000人もの避難者が病院に集まり、水や食料の確保が困難であったこと。一度では避難は終わらず、何度かに分けて行われたこと。車の燃料がなく、患者を担架に乗せて代わる代わる担いで搬送したこと。川瀬さんは現地の苦労を説明した。

 帰国後の記者会見などで、川瀬さんはガザから退避する際に葛藤があったことを語っている。そうした気持ちに寄り添うように、雅子さまは尋ねた。

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ガザの報告者を気遣う