2年前までは、「舞台の上では、まだまだなんでもできる」と思っていた。そう話すのは、71歳になった俳優・田山涼成さんだ。18世紀のフランス・パリに生きた稲垣吾郎さん演じる実在の死刑執行人が主人公の舞台「サンソン─ルイ16世の首を刎ねた男─」が幕を開けたのが、2021年4月23日。その舞台で田山さんは、ギロチンの発案者であるギヨタンを演じながら、勢いよくセリフを言い、ときに跳ねたり足を上げたりしていた。
ところが開演から4日間上演された後、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、以降の舞台が中止になってしまった。その1年前も、ステイホームで一日をどうやって過ごしたらいいかわからない状況に置かれていた。あの日常をまた繰り返すのか。目の前が真っ暗になった。
「コロナ禍で、初めて自宅にこもったときは、普段読まない本を読んだり、それがつらくなると、今度は昔の映画なんかを見始めた。でも、僕は会社勤めをしたことがなく、若い頃からずーっと芝居を続けてきたので、『現場に行かない』という日常にまったく慣れていなかった。そのせいか何をやってもすぐ飽きてしまったんです。しかも、毎日のスケジュールが空っぽだから、時間の感覚を確認するのが食事だけになってしまう。妻も、食事しか変化がつけられないことがわかっているせいか、『朝ごはん、何にする?』って聞くようになって……」
この日、田山さんはとても粋なジャケットにネクタイ、メガネにハットを被って、取材現場に現れた。「決まってますね」と言うと、「スタイリングはすべて妻が」と照れ臭そうに答える。田山さんといえば、知る人ぞ知る愛妻家。劇団時代に知り合った妻は、結婚を機に劇団を辞め、アルバイトをして家計を支えた。
「僕がプロポーズして、芝居が終わって数日後に結婚したんです。あのとき妻が働いてくれなかったら、俳優として芽の出なかった30代を乗り越えられたかどうか」