3月に『はじめての橋本治論』を刊行した、作家・演出家の千木良悠子さんはこう語る。
「展示を見ていると、生の橋本さんの声が聞こえてくるようです。天才と言われていた橋本さんですが、たとえば古典の現代語訳をする際に大量の訳語カードや家系図、長い巻物状の年表まで作っていたりと、すごい努力をなさっていたんですよね。天才ではあったのでしょうが、苦しみながら、ギリギリのところで書いていたと伝わってきます。あれだけの仕事をするのは大変だし、スマートにできるわけはなくて、そのことを隠してもいない。貴重な展示品が多いですが、橋本さんを知らない人が見ても面白いと思います」
資料を文学館へ寄贈
橋本さんの没後、残された直筆原稿や資料、原画などが遺族と関係者から文学館へ寄贈され、「橋本治文庫」として保存されることになった。今回の展覧会はそのお披露目でもある。今回、イベントで登壇もした橋本さんの妹・柴岡美恵子さんが橋本さんの思い出を語ってくれた。
「生前、仕事関係の方とはお会いすることもなかったし、作家というよりも、子どもの頃から一緒にいたずらをして遊んでいた兄の印象のほうが強いんです。講演もうまいと言われていましたが、事前に時間をかけて丁寧に準備をしていました。絵、セーター、小説──なんであっても生み出すために愛情を惜しみなくかけて、でも人には気づかれないようにする。そんな兄でした」
展覧会の最後にあるのは、若い読者を対象にしたシリーズの紹介だ。斎藤さんは言う。
「読者は15歳の自分だ、と橋本さんは書いています。若い読者への思いが冒頭の橋本さんへと循環するようなイメージです」
膨大な仕事をしながらも、いつも若い人へのまなざしを忘れなかった、橋本さん。その作品世界と人生に触れてほしい。(ライター・矢内裕子)
※AERA 2024年5月13日号