テレビドラマや映画にもなった『四十九日のレシピ』の著者の新シリーズが刊行された。東京・新宿3丁目の交差点近く、かつて新宿追分と呼ばれた街の、路地の奥にある店を舞台に物語が始まる。
 その店は、昼は「バール追分」と呼ばれ、女店主が珈琲や定食を出す。夜は「バー追分」という名で、白髪のバーテンダーがカクテルやウイスキーを供する。2人は決して人の心に立ち入らないが、情は深い。様々な思いを抱えた客たちは、うれしいことがあればその店の扉を開け、悲しいこと、苦しいことがあっても、ひとときをそこで過ごす。女店主、バーテンダー、客それぞれが、時に主人公になり、時に脇役として登場する構成は新鮮で、物語に奥行きをつけている。
 家族も友人も会社の人間も知らない、自分ひとりで行く、そんな“隠れ家の酒場”を、誰もがつくりたいと思うのではないだろうか? 本音を語れるからこそ得られる優しさやエネルギーがそこにある。自分も「BAR追分」の扉を開けてみたい。

週刊朝日 2015年11月27日号

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