ベンチャーウイスキー グローバルブランド アンバサダー 吉川由美(よしかわ・ゆみ)/1981年生まれ。帝国ホテルでバーテンダーとして勤務。2011年にスコットランドへ渡る。アイラ島のブリックラディ蒸溜所でウイスキー造りに携わる。13年から現職(撮影/写真映像部・松永卓也)

 全国各地のそれぞれの職場にいる、優れた技能やノウハウを持つ人が登場する連載「職場の神様」。様々な分野で活躍する人たちの神業と仕事の極意を紹介する。AERA2024年4月29日-5月6日合併号にはベンチャーウイスキー グローバルブランドアンバサダー 吉川由美さんが登場した。

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 2004年創業のベンチャーウイスキーが発売した、イチローズ モルトの名前を世界中に広めた立役者だ。

 グローバルブランドアンバサダーとして、お客に蒸溜所の案内、国内外のイベントで商品説明をすることが主な仕事だ。英語力をいかし、海外との輸出交渉も行う。

 いくら良質な酒を造っても、その良さを正確に伝えないと、売れる物も売れない。

「消費者目線になり、飲む人の気持ちを考えて説明することを大事にしています」

 日本でブームが起こる前の05年、帝国ホテルでバーテンダーとして働いている時に、棚に並ぶ世界中のウイスキーの先に広がる世界にひかれた。本を読み、知識を蓄えたが物足りず、本場のスコットランドに2週間旅行し、蒸溜所をひたすら見学した。

 08年、ベンチャーウイスキーの噂を聞き、秩父蒸溜所を訪れたことがある。夢を持ち活気あふれる社長を見て、仕事に就くなら、ここしかないと思った。

 その後、米ニューヨークで過ごした2年間で英語を勉強した。11年には本格的に学ぶためスコットランドに単身移住。20以上の蒸溜所を受けて全て落とされたが、アイラ島にある蒸溜所に頼み込み、期限付きで採用を勝ち取った。忙しい冬は蒸溜所で、夏は世界中のウイスキー愛好家が集まるバーで働いた。

 スコットランドで飲んだ日本のウイスキーの美味しさに驚いた。

 日本でも、こんなに素晴らしいウイスキーを造れるのに、知らない人が多い。秩父蒸溜所のウイスキーを国内外に伝える仕事をしたいという思いは募り、帰国後に面接を受け、採用された。

 秩父蒸溜所のウイスキーを知ってもらうため、世界中でセミナーを開いた。ウイスキー造りも、お客に対しても丁寧に、正直に対応することが最も大事だと考える。

 13年から売り上げは急増し、「秩父といえばウイスキー」と、認知されるようになってきた。

 地道な努力の積み重ねで、活躍したアンバサダーに贈られる「ワールドウイスキー・ブランド・アンバサダー・オブ・ザ・イヤー」を19年に受賞した。

「自信を持って人に薦められるものが造れなくなったら辞める」。確固たる思いを胸に、働き続ける。(ライター・米澤伸子)

AERA 2024年4月29日-5月6日合併号