メジャーリーグの大谷翔平選手の銀行口座から1600万ドル(約24億5千万円)超をだまし取ったとして銀行詐欺容疑で訴追された元通訳の水原一平容疑者。IRS(米・内国歳入庁)の犯罪捜査官が詳細に記した37ページにわたる訴状を、現地在住のジャーナリストが読み解いた。
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現地記者は「イッペイ・イズ・ザ・ベスト」
「イッペイ・イズ・ザ・ベスト」
水原一平という人は、一体どんな人間なのか、と尋ねると、MLBを取材するあるアメリカ人記者は、間髪入れずにそう答えた。
約24億5千万円超という気が遠くなるような金額を、大谷選手の銀行口座から不正送金した疑いで訴追され「容疑者」と呼ばれるに至った水原氏。
それでもこの記者は「イッペイ・ワズ・ザ・ベスト」と過去形で表現するのではなく、あくまで「イズ」と現在形で「素晴らしい人」と表現した。
言葉を使うことを職業にしている彼がそう形容した裏には、彼なりの理由と葛藤があった。
「一平は親切で礼儀正しく、仕事熱心」とその記者は言う。「これ以上ないほどナイスな人間が、ギャンブル依存症という嵐にのみ込まれると、ここまで常軌を逸した行動を取るのだと知った。私が知っている日ごろの彼の人格と、異常な行動との整合性が、どこにもない」
大谷選手と偽って銀行に電話
その“常軌を逸した行動”のひとつが、自らを大谷選手だと偽って、銀行に電話をかけるというリスキーな行為だった。
「お客さまとの会話は、録音されている可能性があります」
アメリカの銀行のカスタマーサービスの番号に電話をかけると、まず流れてくるのは、この機械音声フレーズだ。延々と待たされ、やっと人間が出るまで10分以上かかることもザラだ。
IRSの犯罪捜査官が詳細に記した文書によれば、水原氏は2022年の2月2日ごろに銀行Aに電話をかけて「車のローン」の名目で大谷選手の口座から違法賭博の胴元のスタッフの口座に送金しようとしたが、失敗している。送金不可だっただけでなく、この大谷選手の口座のオンラインバンキング自体を凍結されてしまう。水原氏はパニックになったはずだ。
行員が何を質問して、どの点を不審に思った結果、凍結の判断を下したのかは訴状には書かれていない。だが、今振り返れば、この行員は犯罪行為を未然に防いだ英雄だ。
しかし、水原氏は諦めずに同じ日に再び銀行Aに電話をかけ、別の行員に凍結を解除してほしいと頼んだ。
アメリカの大手銀行の場合、客の電話を取るのは全米各地のカスタマーセンターの行員で「アラバマ州のジョンです」「テキサス州のエリカです」などと毎回全く違う人間が出ることがほとんどだ。万一通話が途中で切れてしまった場合、再びかけ直し「さっきのジョンさんにつないでください」と言っても、同じ人間につなげてもらえない。最初から全てやり直しになる。
このシステムが、水原氏にとっては逆に「吉」と出た。
行員は口座名義の本人かどうかを確認するため、大谷選手しか知り得ないはずの質問をする。
「あなたのお母さんの結婚前の旧姓は?」「あなたが最初に飼ったペットの名前は?」「あなたが卒業した小学校の名前は?」などだ。これらの質問に正確に答えることは、水原氏には朝飯前だったはずだ。