チェイス銀行の支店。来店するのは高齢者の客が多い(この銀行が銀行詐欺の被害にあった「銀行A」とは限りません)(撮影/長野美穂)

 そもそも水原氏は2018年ごろにエンゼルス球団のキャンプ地があるアリゾナ州の銀行Aの支店に、大谷選手と一緒に行き、大谷選手が口座を開くのを手伝っている。当然、この「セキュリティー質問」の答えも、大谷選手から聞いて水原氏が登録した、もしくは大谷選手自身が登録したとしても水原氏の助けを借りたはずだ。

 訴状によれば、水原氏はこの銀行Aに、すでに自らの名義の口座を持っている。自分が使っている馴染みのある銀行に大谷選手を連れていったのは、ごく自然なことだろう。

バンク・オブ・アメリカの支店。ほとんど人がいない(この銀行が銀行詐欺の被害にあった「銀行A」とは限りません)(撮影/長野美穂)
ウェルズ・ファーゴの支店。こちらも閑散としている(この銀行が銀行詐欺の被害にあった「銀行A」とは限りません)(撮影/長野美穂)

 アリゾナ州のキャンプ地の「テンピ・ディアブロ・スタジアム」の周辺をグーグルマップで見ると、チェイス銀行、バンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴ、USバンクなどの大手銀行の支店があり、恐らくこのうちのどれかだと思われる。

社会保障番号もスラスラと

 また、本人確認のプロセスで、行員から絶対に聞かれるのは社会保障番号だ。米国住民にとっては命の次に大切と言ってもいいほど重要なこの社会保障番号。通常、誰もが自分の番号を完全に暗記しており、ほぼ絶対に間違えずにスラスラと暗唱できる。 

 生年月日と同じように、すでに自分の身体の一部のような番号なのだ。日本のマイナンバーは重要度の点で比較にならない。

「下4桁は何ですか?」「9桁全部言ってください」という質問に、アメリカ人であろうが外国人であろうが、即座に答えられるのが当たり前で、途中でつまってしまうと確実に怪しまれる。

 水原氏は大谷選手の番号をスラスラ言えるように、相当練習したはずだ。特に、すでに凍結という処置をされている以上「あれ、この人、手元の紙を見ながら番号を読み上げている?」と行員に少しでも疑われたら、それでアウトだからだ。毎日数十人の番号を聞いている行員の耳はあなどれない。

 さらに「この上なくナイス」な性格も、銀行員と通話する際には役立つ。

 通常、10分も20分も保留のメロディーと機械音声を聞かされて延々待たされた客は、やっと人間の行員とつながる頃にはすでに不機嫌度マックスだ。

 そんな時に「すみません、何かの手違いで僕のオンラインバンキングが凍結されちゃったんですが、解除していただけますか?」と丁寧に頼む客は、高圧的でない点ですでに「ザ・ベスト」な客のひとりだ。

「この送金さえ無事に済めば、車のローンが払えて、車をゲットできます。本当に助かります」と誠意を持って頼まれれば、同情する行員もいるだろう。

 車社会のアメリカでは、マイカーなしではまともに生きていけない地域が圧倒的に多いことを米住民の誰もが知っているからだ。つまり「車のローン」という名目は、非常に上手く練られた戦略だと言える。

 アメリカの銀行の支店の閉店数は、コロナ禍の2021年1年間だけで2927件に達した。これは過去最高の閉店数だ。支店の数が激減し、営業している支店にも2~3人ほどしか行員がいないのがアメリカの状況で、日本の銀行とは全く違う。

 リモートでカスタマーセンターの仕事をする行員が圧倒的に増えているのだ。顔が見えない客と音声だけで1日中やりとりし、理不尽に怒鳴られることも多い仕事だ。

 米会計コンサルタント大手クロウの調査では、全米の429銀行の「カスタマーサービス」を担当する行員たちの2022年時の年俸の中央値は3万5700ドル。離職率は23%を超えていた。多くの行員たちが慢性的にストレスにさらされていたはずだ。

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大谷になりすました悪質な手口