塩田:生身で触れ合うことはできない人と出会い、生身の出会い以上に相手の心の奥深くまで知ることができる。「虚」の中で「実」と出会える、このねじれこそが、小説の面白さだなと思うんです。

 紛れもなく「虚」である本作を読んだという経験は、間違いなく「実」へと跳ね返ってくる。単に温かな気持ちになるのではなく、人間の暗部に触れてゾクゾクとくる面も含めて、他者への好奇心や信頼感を掻きたてられる。そのような人間ドラマでありつつ……全ての印象を覆すサプライズも物語に仕込まれているから油断ならない。

塩田:今やれることは全てここで出し切りました。振り返ってみれば『罪の声』を書き終えた時、これで作家として壁を一つ越えたなと感じたんですが、その時と同じかそれ以上の手ごたえを今感じています。それができたのは、作家としてのキャリアはもちろん、父親としてのキャリア、人間としてのキャリアも積み重なった、今だったからだと思うんです。物語の世界を旅して帰ってきたら、読む前の自分と同じ場所に立っているんだけれども、読む前とは少し違う自分になっている。それが、いい小説の条件だと僕は思う。そんな大それたことに、これからも挑戦していきたいです。(二〇二三年七月十四日 東京・渋谷にて)

(構成/吉田大助)

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