今とは変わってしまった三〇年前の街の風景に、犯人の要求に従い身代金を持って駆け回る祖父と、少し離れたところから彼にイヤホン越しで指示を出す中年刑事らが配置され、緊迫感に満ちた長い長い一日がノンフィクションかと見紛うリアリティで綴られていく。結末は残酷だ。一件目の誘拐事件は無傷での解放となったが、二件目は身代金こそ奪われなかったものの警察の判断や不運が重なって犯人を取り逃し、資産家の孫の男の子は帰ってこなかった。ところが、最後に驚くべき一文が現れる。〈澄んだ夜空の下に舞い降りたのは、七歳に成長した自分の孫だった〉。誘拐されたまま三年もの長きにわたり帰ってこなかった男児が、祖父母の家のドアを叩いたのだ。

 冒頭の五〇ページが、「序章」と位置付けられていることに注意したい。犯罪小説として高度な達成を誇るこの五〇ページは、「本編」のためのいわば前置きに過ぎない。では、「本編」では何が描かれているのか――。

写実画だったからこそ描き手の足跡を追えた

「第一章――暴露――」は令和三年(二〇二一年)一二月から始まる。大日新聞宇都宮支局の支局長である門田次郎は、二児同時誘拐事件発生時、横浜支局の二年目の新米記者として取材に当たっていた。そのおりに世話になった元刑事・中澤洋一の葬儀に列席すると、中澤の後輩刑事から声をかけられる。「これ、読まれました?」。その週刊誌記事によれば、SNSをきっかけにブレイクした人気の写実画家・如月脩は、二児同時誘拐事件の二件目の被害男児・内藤亮だった。亮は「空白の三年」に何が起きたのか周囲に一切口を閉ざしたまま消息を絶っていたのだが……実は、かつて犯人である可能性が指摘されながら逮捕されなかった男の親族に、無名の画家がいた。もしかしたら「空白の三年」の間、少年と行動を共にしていたのはその画家なのではないか? お蔵入りした三〇年前の未解決事件を、亡き刑事はもう捜査できない。現場から長らく退いていた門田は、これが最後になると腹を括り取材を始める。

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