誰もが見慣れていて、親しみ深い松ぼっくり。子供のころはままごとに使ったり投げたり転がしたりして遊んだことと思います。でもあらためて松ぼっくりって何?と考えると、よくわからなくて謎ではありませんか。どんぐりのような種ではないし、でも果実でもなさそう。木を彫った細工物みたい。そもそも松の「ぼっくり」って?

一つひとつが個性的でまるでアート!
一つひとつが個性的でまるでアート!

またそれか! 先人たちのけしからん見立て

松ぼっくりはより正式には松かさ(松傘・松笠)といいます。松ぼっくりという呼び名は、もともとは北関東・江戸などで主に使われていた方言で、「松ふぐり」がなまった言葉です。ふぐり・・・そう、オオイヌノフグリと同じく陰嚢のこと。ぼっくりというかわいい語感でだまされてしまいますが、またもや先人の、けっこう恥ずかしいシモネタ連想でした。江戸時代から明治初期にかけて、関東、江戸弁が標準語化していく際に、全国的に松ぼっくりという呼び名が広まったそうです。ご先祖様はどれだけふぐりがすきなのでしょうか。
でもこんな俳句を聞くと、なかなかふくらみのあるいい語感の呼び名だなという気がしなくもありません。
涼しさや ほたりほたりと 松ふぐり(正岡子規)
関西地方では松毬と書いて「ちちり」「ちちりん」なんていう名前も。これもなかなかかわいらしい呼び名ですね。
パイナップルも、本来は松ぼっくりをさしていました。松ぼっくりに似ている果物がパイナップルと呼ばれ、それがいつの間にか名称を取られてしまったわけです。

確かにパイナップルにも似ているけど…
確かにパイナップルにも似ているけど…

最先端技術搭載。松ぼっくりの形状変化

では松ぼっくりは松の何なのでしょう。
リンゴやミカン、柿やブドウなどの果実をつける被子植物は、雌花に種子を包み育てる子宮にあたる子房があり、子房が成長したものが、果実や果皮です。
でも松は裸子植物で雌花に子房はなく、種子は裸出しています。ですから松は果実を作りません、ですがそのかわり、種子を飛散しないようにとどめておくボード・棚、あるいはカタパルトの役割をするのが松の球果、つまり松ぼっくりなのです。
深く切れ込んでいる松ぼっくりの鱗片のひとつひとつの隙間に種子ははさまって育ちます。日本で自生するクロマツやアカマツの種子は風で種子を散布する風散布型。種子にはプロペラ翼のような羽根がついていて、成熟すると松ぼっくりの棚板から外れて空中に飛び立ちます。まだ成熟していなかったり、雨などで湿度が高いときには鱗片はぴっちり閉じられていますが、乾燥すると鱗片が反り返って隙間が大きく開き、種子が飛び立てる構造になっています。地面に落ちている松ぼっくりは種子の散布を終えたものですが、それでも雨の日には鱗が閉じ、晴れた日には反り返る形態変化を見せてくれます。
この松ぼっくりの開閉の仕組みを応用したのが、近年開発されているスマートファブリックという最先端のウェアラブルテクノロジー。松ぼっくりの伸縮システムを取り入れた服は、汗をかくと生地が感知して通気をよくしたり、生地を密閉して体温を保ったり、気温によって調整する機能を持っています。さらにその繊維にセンサーを埋め込んで、人の動きや心拍などを把握して健康維持や手術などに役立てるそうです。なんだかすごい話です。

大きさや形状もいろいろ。この鱗片がテクノロジー
大きさや形状もいろいろ。この鱗片がテクノロジー

食べられるものもある? 松ぼっくりいろいろ

ごく一般的な松ぼっくりのほかにも、時々変わった松ぼっくりが落ちています。ダイオウショウの松ぼっくりは20センチほどにもなるビッグサイズ。以前見つけてのお土産に持ち帰りましたが、大きすぎてまったく遊ぼうともしませんでした。
ヒマラヤスギは、スギといいながら実際はマツ科で、鱗片が薄く繊細な松ぼっくりを作ります。種子が熟すと鱗片もともに剥がれ落ちて、先端部分から徐々にばらばらになっていき、枝に近い部分だけが残ります。この残った部分がバラの花のように見えるのでシダーローズという別名があり、リースなどの装飾材として人気があります。近い種のモミにも松ぼっくりがつきますが、やはり鱗片ごと種子を飛ばすので、軸以外はばらばらになってしまいます。
チョウセンゴヨウの仲間の松ぼっくりは風散布ではなく、動物に食べられてこぼれ種で繁殖します。そのためやわらかく、この松ぼっくりの中にある種子が、お菓子やスナックなどで食用になる「松の実」です。
また、同じく針葉樹の仲間の杉やひのきも、松ぼっくりに似た球果をつけます。ひのきの球果・「ひのきぼっくり」は、チョコボールのように丸くてサッカーボールの模様に似た切れこみがあり、これまたかわいらしいものです。
俳句では松ぼっくりは晩秋の季語。でも、松ぼっくりは一年中松についていて、そして一年中落ちてきます。松の雌花が受粉してから松ぼっくりを形成するまで約二年かかります。種子の散布を終えた後も松ぼっくりは枝についたままでそのままでははずれず、何かの拍子に落ちてくるのです。そのため、風の強い日の翌日などには、松ぼっくりがたくさん落ちています。
散歩などの折、ちょっと気をつけて松ぼっくりをさがしてみてはどうでしょうか。見慣れたクロマツやアカマツだけではなく、意外と身近にも色々な松が植えられているものです。珍しい松ぼっくりが見つかるかもしれません。