はたして今は、家庭をより豊かにすることや、自分で選び取った大切な家族の幸福を守ることが優先事項となり、それに比べれば他人で代替可能な仕事というものの優先順位が下がった。これは私から見ると何一つ不自然なことではありません。私はよく、結構出世した同世代の友人と、「別に仕事に生きる道を選んだ覚えはひとつもないよね」という話をします。そういうとき我々は暗に、仕事をおろそかにできるほど大切なものや人に出会っていない自分らを憐れんでいることもあります。

 世の中を見てみると、仕事にやりがいを持って取り組んでいる人の半分くらいは、別にそれを選んだのではなく、それ以上に大切なものがないが故に消極的に出世した人だと気付くかもしれません。キラキラと仕事に邁進している人もいるのでしょうが、別にそれに対して劣等感を持つ必要はない気がします。誰かと比べて楽になるのであれば、特に仕事より優先するものなど見つかっていないのに一生やる気がない私のことでも思い出してください。

 この先、家事などに飽きたらまた仕事が楽しくなるかもしれません。家事を極めていったらマーサ・スチュワートみたいなカリスマ主婦になるかもしれないし、五十歳で起業して大成功するかもしれません。いくら高級寿司を出されたって、満腹時には美味しいとか食べたいとか思えないわけで、そのとき自分にとって大切で欲望を刺激されるものが自分にとって価値のあるものなのだと私は思っています。いま、あなたの直感が仕事じゃなくて家族、と言うのであればそれは圧倒的に正しくて、あなたにとって大切なのだと思うし、仕事なんかより優先したいと思えるようなものに出会えたことを素直に祝福したい気分です。

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鈴木涼美

鈴木涼美

1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中にAV女優としてデビューし、キャバクラなどで働きつつ、東京大学大学院修士課程を修了。日本経済新聞社で5年半勤務した後、フリーの文筆家に転身。恋愛コラムやエッセイなど活躍の幅を広げる中、小説第一作の『ギフテッド』、第二作の『グレイスレス』は、芥川賞候補に選出された。著書に、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『非・絶滅男女図鑑 男はホントに話を聞かないし、女も頑固に地図は読まない』など。近著は、源氏物語を題材にした小説『YUKARI』

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