姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史

 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 韓国とキューバの国交回復が実現しました。キューバはグローバルサウスのなかでも小国ですが、中南米の国々の左翼的な政権にとって、カストロ以降、チェ・ゲバラのこともあるようにキューバという国は象徴的な意味をもつ国です。ただ、世代交代も進み、現実のキューバ経済は深刻な不況に喘いでいます。もし、トランプ前米大統領の再選となれば、経済もより窮地に追い込まれそうで、キューバには韓国との結びつきはプラスに働くという思惑があると思います。

 もともとキューバと北朝鮮は、人間関係で言えば「刎頸(ふんけい)の友」のような国なので、恐らくキューバは北朝鮮とは国交を断絶せずに韓国と国交を回復するツートラックでいく可能性が高いと思います。韓国側からすれば、国連加盟国のうち、中南米で国交がなかったのは唯一、キューバですから北朝鮮との「外交戦」で北朝鮮の鼻を明かしたことになります。

 韓国とキューバの国交回復で、南北関係が危機に陥った時、南北と良好な関係をもつキューバが両国に働きかける可能性はあるはずです。また、南北の極秘の折衝の場所として、ハバナは最も好都合なところかもしれません。さらにキューバにしてみれば、米国の友好国である韓国との関係は、ワシントンとのパイプになりうるわけで、その点でも韓国との国交回復はメリットがあるはずです。

 広島、長崎への原爆投下の悲劇もあり、反米の強いキューバは日本に対して格別の感情があります。今後、キューバをめぐって日韓の協力の範囲が広がる可能性もあり、キューバの経済的な苦境の改善に日韓が協力して取り組むことは、中南米地域の安定にも資するはずです。

 一時的には北朝鮮とキューバとの関係は冷え込むかもしれません。しかし、韓国が「刎頸の友」のような信頼関係で結ばれてきた両国の関係を利用して、キューバを介して北朝鮮にアプローチするチャンネルが増えたことは評価すべきです。牽強付会かもしれませんが、「陸のキューバ」が北朝鮮であるとすると、「海の北朝鮮」がキューバです。両国とも小国ですが侮れない国であり、その動向は意外な変化を生み出すかもしれません。

AERA 2024年3月4日号

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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