東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 大阪・関西万博がまた話題だ。今度は建設費2億円のトイレが批判されている。

 高額に見えるが、坪単価では妥当だという専門家の意見もある。実際そうなのだろう。個人的には豪華な建屋でもいいと思う。トイレは日本の誇る「文化」でもある。

 しかし問題の根はそこにはない。昨年秋に建築費350億円の木造の大屋根が国会で話題となって以来、万博は批判の対象になり続けている。

 万博開催費用は会場建設費など直接費だけで1600億円余りで、じつに巨額だ。今後増加も予想され、負担は最終的に国民に回ってくる。元日に能登半島地震が起こると、復興の妨げになるとして延期や中止を訴える声が高まった。1月半ばには高市早苗経済安全保障相が首相に延期を進言している。つまりはこの万博自体、国民に歓迎されていると言い難いのだ。2億円トイレは一例にすぎず、これからも新たな問題が噴出するに違いない。

 不満の原因のひとつは開催理念の曖昧さにあろう。万博が掲げるテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。なんともふんわりしている。

 シンボルとなる大屋根についても、会場デザインプロデューサーの藤本壮介氏の説明はあまりに抽象的だ。円は平和や共生を象徴するというが、それが巨額の費用を投じて世界最大級の木造建築物を造る理由になるだろうか。ツイートを辿ると、仲間の建築家が参加して嬉しいといった感慨が素朴に記されており拍子抜けする。丹下健三のモダニズムを岡本太郎の縄文的想像力が打ち破ったような、1970年の大阪万博にあった緊張感は見られそうにない。

 とはいえ、万博中止はもはや現実的でないだろう。莫大な血税を投入する以上、政治家や建築家にはいまからでも国民を納得させる公共的な理念を語ってほしい。

 万博など所詮はお祭り。実現すればみな不満を忘れるという楽観論もある。けれども東京五輪の経験からすればそうはいかないように思う。合意を作らず強行すれば必ず歪みが出る。開会式まで続いた東京五輪のゴタゴタが、大阪で反復されないことを切に願っている。

AERA 2024年3月4日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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